大ちゃんと華奈。それに向かい合う石川くん。
彼の顔はよく見えないけれど、余裕たっぷりな声に何を言うんだろうと考えた。



「……何のことって…わかってんだろ。そいつ不感症で」

「……不感症?ああそう言えば聞いたことあるかな。」

白々しい彼は私の腕を掴むと前に引きずり出して、そのままフワリと後ろから抱きしめる。


「…でもね。おかしいんだよね…俺の前ではすごくいい声で鳴いてくれるし、それはそれは色っぽい顔するんだよ。ね?朱里」


挙句そんなことを言いながら後ろから私の顔を覗き込んできた。


「え、あ、」

「うまい相手とした事なくて可哀想だったねって言ってたところなんだ。」


師匠の口から出た”嘘”。
それは私の元彼である大ちゃんに絶大な効果を放つ。……その証拠に彼の肩はワナワナと震えていた。


「…う、嘘に決まってんだろ!!そんなの!」


…そうだよね。そりゃバレる。だって私のこの身体の事は大ちゃんは重々承知してるもん。こんな嘘ついたって仕方ない…よね。


そんな私の気持ちとは裏腹に、石川くんはわざとらしくキョトンとした顔を作る。


「……彼は随分おかしな事言うね。」

「え、」


こっちを向いてと言われる前にいつの間にか石川くんと向かいあわせ。そしてそのままクイっと顎を掴まれ持ち上げられた。


「…見せてもいい?朱里がどれだけ色っぽいか。」


ニコッと笑った笑顔にクラクラしそうになる。
いやだって、完全に石川くんの方が色っぽい。


ポケッとした顔で見惚れる私を他所に師匠は大ちゃんに攻撃的な視線を送り


「……俺の事を熱心に求めてくれるんだよ。こっちがおかしくなるくらい可愛いんだ。彼女」


なんて言葉で攻撃を放った。



「か、可愛くなんてありませんから!!ちょ、色々突っ込みどころがありすぎるよ!」

「…突っ込みどころ?」

「だって、私石川くんとそういう事は」


した事ない!
と叫ぶより早く彼の大きな手が私の口を塞いでそれを阻止する。


「…あれ?彼に言っちゃダメだった??さっき、キスした時ものすごく乱れて欲しがってたのに。」


甘い甘い声で目の前の2人に聞こえるように私の耳元で囁く石川くん。


さっきのキス


思い出すだけで顔に熱が帯びてきて、自分でも赤くなるのがわかった。


「あ、あれは…石川くんが急に!!」

「…朱里はキスが下手だけど、それでもあんな顔されたら俺も止まらない。」

「え、あ、ど、どんな顔してた!!?」


大ちゃんと華奈のことなんて最早忘れてしまっていて、頭の中がさっきの熱いキスのことでいっぱいになる。そんな私を見てクスクス笑った石川くんは、ソッと私の頬に触れた。



「…もっと俺が欲しいって求めるような…そんな顔だった……」

「!!!」


あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆う。
…私そんな顔しちゃってたんだっ!!!
想像できないっ!!


頭の後ろに回った彼の手に引き寄せられて、気付けば石川くんの胸の中。


「……証拠を見せろというなら…すぐにでもお見せ出来るけど……見たい?」


そしてそんなセリフが視界が遮られた暗闇で聞こえた。


「も、もう!見世物じゃないよ!石川くんっ!」


照れながらもグイッと彼の胸板を押して、距離を取る。


「だって、そこの彼が信じられないって顔してるから。…ところで何を持って朱里が不感症だって言ってるんだろうね。」

「え、あ、」

「元彼…じゃないよね。彼氏なら勿論そんなおかしな噂が嘘だってわかるもんね。ねぇ…根拠のない噂は止めてくれるかな。彼女困ってる。」


知ってるくせに知らないふりして、嫌味ったらしい師匠は眉を下げた。


……なんていうか俳優になれるんではないでしょうか。


「…まぁ俺はおかしな虫がつかないからありがたくて良いんだけど。」


更には私に勿体無いほどの言葉をプレゼントしてくれる。流石師匠!サービス精神のかたまり!!


心の中で石川くんを褒めたけれど、私は大ちゃんのプライドがかなり高い事を知っていた。


つまり…この石川くんの攻撃に心底腹が立っていると思う。だからほら…顔がすごく歪んでるじゃないか。

「ちっ」

「……あ、大ちゃん!」


この場にいる事が居た堪れなくなったのか、舌打ちをして歩いて行った大ちゃんを華奈が追いかけて行く。


2人の背中が遠くなっていって、やっと石川くんは口を開いた。



「…見せてあげようと思ったのに。残念」

「残念。じゃない!石川くんどうしてあんな嘘!!」

「…気持ちよくなれないことを、全部朱里に押し付ける男の風上にも置けないあいつが、許せないからだよ。」

「で、でも、あんな嘘つかなくても…」


私の為に……と段々声が小さくなったのは庇ってくれた嬉しさと、師匠にそこまでさせてしまった私の不甲斐なさが混じって複雑だったから。


俯いた私の頭をポンポンと撫でた彼は


「…朱里のプライドを守る為ならあんな嘘…いくらでもつくよ。」


と涙が出そうなくらい嬉しい言葉をかけてくれた。


「…石川くん」

「それに嘘とは思ってないよ。いつかそうなる為に俺に弟子入りしたんでしょ?先に言っておいても罰は当たらない。」



………ああもう。
一生ついていこう!!!