好きなんだけど!

「帰るまで我慢できる気がしないや」



え、それは…濡れた服をか?

それとも、別のことをか?

とりあえず、海辺に林立している建物に入るには、どこかでUターンしないと、とぐるぐる考える。

郁実がちょっと不満そうな声になった。



「返事してよ」



男がデート中に無言になったら、十中八九、どうやってそういう流れに持ち込もうか考えてるんだって、教えたろ。

いや、教えてなかったっけ?


「ねえって」という声と同時に、するりと内腿のあたりに手が伸びてきて、フットレストに置いていた左脚がびくっと跳ね上がった。

必死で払いのけると、逆にその手を掴まれ「熱い」と揶揄される。


もうほんと、勘弁してくれ。

都合のいいように子供と大人の顔を使い分けて、さんざんこっちを振り回して、いつまでもそれで通用すると思うなよ。

許してるのはこっちだけど。



「ねえ、寄ってくれるでしょ?」

「…寄るけど」

「手加減してね?」



悪魔! と心の中で叫んだ。

いったいなんだって。

こんなこと言われたくらいで、いい歳して、赤くなって。

気の利いた返しひとつ、できないで。



「してるだろ、いつも…」

「そうなの? じゃあ逆に本気見てみたい、今日は本気出して」



目的地までのルートと、その後の手順で頭が沸騰し、ようやくの赤信号で停車できたときには、安堵のあまり深い息が漏れた。

存在意義を疑いたくなるような、田舎道の信号。

はーっと天井を仰ぎ、顔を覆った。



「なんなのさっきから、健吾くん、変」

「俺が本気出したら、郁なんか泣いちゃうからダメ」

「えっ、泣くの? なんで? 痛くて?」



はいもう、その答えがダメ。

まだまだ本気なんて出せない。

決していつも手を抜いているという意味じゃなく。