「いらっしゃいませ、お煙草はお吸いになりますか」

「あ、いや…」

「喫煙席お願いします」



昔懐かしい感じの喫茶店で、きっぱり言った私に、店員さんが愛想よくうなずいた。



「制服、においつくぞ」

「帰ったらすぐ消臭するから大丈夫」

「俺、ほんとに吸うぞ?」

「いいよ」



ソファ席に着くと、ためらいがちに煙草を取り出す。

ワイシャツの胸ポケットに入れているので、取るときにスーツの胸元に指を入れるのが、ビジネスマンて感じでかっこいい。

パッケージの中に突っ込んでいる100円ライターを出して、机に置いて、一本指で抜き取る。

くわえる前に、再度私にちらっと目をやって、謝意を伝えてきた。


唇に煙草を挟んで、ライターを近づけて、一瞬で火をつける。

何度見ても、大人っぽくて男らしくて、ドキドキする儀式。

少し伏せた目の、長いまつげが見える。

健吾くんは、どれだけ恋しかったのって感じに深々と最初のひと吸いをすると、私にかからないよう、煙を横に吐いた。



「ケーキ頼んでもいい?」

「なんでも頼んでいいよ、俺もなにか甘いもの食お」

「なにかいいことあったの?」



煙草を吸いながら、健吾くんが問いかけるように眉を上げる。



「なんか機嫌いいもん」

「わかるか、今まさに、でかい発注をもらってきたとこでさ」



あ、これは放っといたら語るな。

普段はそんなに長々としゃべることのない彼だけれど、たまにスイッチが入ると、熱く語りだす。

たいていは仕事のことで、まれにプロ野球のことだったりする。

予想通り、健吾くんはご機嫌に、いかに今回の受注が難産だったかを話してくれた。



「で、最初は後輩の案件だったんだけど、途中からやばいってんで俺が代わって、先輩まで加わって」

「お祝いしようよ、ごちそうつくるよ」

「あ、悪い、今日はそれのお疲れ会で、飲みなんだ」



全然悪いと思っていない様子で、にこにこして言う。

私がむくれて黙ったのに気づいて、ようやくすまなそうに「ごめん」と言った。