彼は、手首を押さえたまま、私の体の上に乗っかった。

彼は、私を見下ろして言う。

「仕事の事なんかもういい。君のそばにずっといる。だから……
頼むから、他の男に自由にさせるなんて止めてくれ」

ずっしりと彼の体の重みを感じる。

「天野から、君のこと聞かされた時、もう終わりだと思った。本気で君をさらって行かれたと思った」

力強く、抱きしめられていた。

「ちょっと、待って。仕事なんか、もうどうでもいいってどういうことよ」
彼の顔を自分の方に向けて言う。

どうしたの？
命がけで頑張って来たんでしょ？

「アメリカには行かない。国内で仕事を探す。だから、君のそばにいる」

何それ？そんなの、冗談でしょう？


「ちょっと待って。仕事優先だから、付き合っていられない。一緒にいるのは、会社にいる間だけ、そう言ってじゃないの？」

「そのつもりだった。けど、出来なかった」

「どうして、急にそんなことになったの？全部君のために諦めるって言われても、そうですかって言えないでしょ？」

本気なの？
本当に、たかが女一人のために、自分の生き方を変えるっていうの？


「前の俺から見たら狂ってると思う。でも、こんなの耐えられるか。
いきなり、君と親しい関係にあるっていう男が現れて、君のことを自分のものみたいに言って。
情報を提供して、俺に協力するから、君と別れて欲しいって。それだけは受け入れられなかった。栗原希海と、ベッドで一緒だった。
それが、嘘じゃないってわかった時、俺、取り返しのつかないことしたと思った。何やってたんだと思った」

「えっと、私、どうしたらいいの？」

天野君、なんてこと言ってくれたの？

私、天野君に課長とのこと、いつしゃべったのかな。

「君は、今の会社を辞められない。俺が外国に行ったら、君は日本に残るっていうだろう？そうなると、君と離れ離れに生活しなきゃいけない。
それは、無理だ。俺の身が持たない。だから、外国には行かない」


「行かないって、どうしてそうなるの？だったら、私、何のために、あんなことまでしたのよ。無駄になっちゃったじゃないの？」

「やっぱり、何企んでた？」

「企んだ訳じゃないけど。本当にあなたがいなくても大丈夫だって見せたかったの。でも、失敗だったけど」

「君は、バカか！目の前にいる男に本当に愛されてるのかどうかも分からないのか。やっぱり、一人にしておけない。死ぬほど心配させやがって」


「どうするの？キャリアの為には、早く外国に行った方がいいんじゃないの？」

「そうだ。これから急速に発展する分野だから、キャリアのことを考えたら、すぐに行動すべきだと思う」

「だったら、そうしたら？今まで頑張ってきたこと、本当に諦めるの？」

「俺が君のそばを離れたら、別のやつが君の隣に居座る。そうしたら、もう君はずっと手の届かないところにいってしまう。それは、俺には耐えられない。
君がいなっかったら、自分がしてることの意味が分からないし、一人でいても楽しくない。それが、どんなに苦しい事か、天野とのことを聞いて思い知ったよ」

「そんなの……」

「君は、どうして他の男とキスなんかできたんだ」
彼は、私の口を指でギュッとつまむ。

「あなたとのことは、未来がないと思ったのよ。そう言われたから」

「それは、俺が悪かった。どんな理由にせよ、もう二度と、こんな事しないでくれ」