いつの間にか、藤原課長と向き合っていた。

想像以上に怖い顔で言う。

「天野と付き合うのか?」

普段冷静な人が、感情を露わにすると迫力が違う。
初めて、この人のことを怖いと思った。

私は、課長にらまれて、肩を壁に押し付けられてる。

本当なら、ここはしおらしく涙なんか見せた方が、彼も熱くなった感情を押さえてくれるのかもしれないけど。

残念ながら、私の性格は、そういうふうにできていない。

「誰と付き合うかなんて、上司に答えることじゃありません」

彼の顔が、一瞬だけ戸惑った表情になった。

「私は、あなたと付き合ってるわけじゃありません。他の誰であろうと、あなたが口を挟むことじゃありません」

肩に置かれた手が力なく落ちた。

今なら、私にもたれ掛かってる大きな体を、力いっぱい押しのければ、玄関までたどりつけるかもしれない。

「離してください」


「ダメだ。まだ、話しは終わってない。こっちに来て」


彼は、手を引いて、私を部屋の中まで連れて行き、寝室のドアを開けた。
彼はベッドの上に私を座らせた。

「天野は、君に何したの?」


「何したのかですって?そんなことが、聞きたいんですか?」

「聞きたいわけないだろ!」
この人が、声を荒げたのを見たのは、初めてだ。

「聞きたいわけないだろ、君が他のやつと一緒にいるところなんか」
彼は、私の横に座って両手で顔を覆った。


「それを聞けば、君に対して幻滅できると思った。でも、まるで逆だ。後悔でいっぱいだ。なんであんなこと言ったんだろう。取り返しのつかないことを、君にしてしまったのかもしれない。その悔しさで、一杯だ。頭ん中、君の事でいっぱいだ」

「私だって、普通の女です。失恋したら次の人を見つけて、その人と付き合って、その人と体の関係を持つのは当たり前じゃないですか」

彼は、顔を上げて、私の顔を見る。


「君が幸せならそれでもいい、誰かほかのやつを好きになってくれれば、それでいい。自分は平気だと思ってた。
でも、君が営業の社員を色仕掛けで誘って、何か探ろうとしてると、ある筋から聞かされて血の気が引いた。
いったい何考えてるんだ。情報を得るために、そいつと寝ようと思ったのか?」

「それは、違う。普通に誘われたから乗っただけ。課長って、想像力豊かなのね」

「バカなのか、君は!いったい、自分の事どう思ってるんだ?」

「振られてやけになってただけです。課長は関係ない」

「希海、そんなことが嘘だってことくらい分かってる。お願いだから、俺のためにこんなことするのは、止めてくれ」
すがるように抱きつかれた。

「俺のためって、どうしてそんなふう思うの?」
私は、驚いて尋ねる。
いったい、彼は、何を言い出すの?


怒って、私のこと追い出すと思ったのに。

それなのに、俺のためだなんて……

どうしよう。

そんなこと、見抜かれたら……

私、この人の前で、どんな顔していいのか分からない。

そんな、心の奥深くまで入り込んでこられたら、どうしていいのか分からない。



「彼らから聞き出したっていう内容が、人事の配置に左右する重要なデータだったと知った。あいつの要求と引き換えに、その情報を得ようとしたって聞いた時、君がやろうとしてたことが分かった」

「だとしたら、私のしたことも分かるでしょう?あなたは、私を許せないでしょう?」

「ああ」

「それなら、もう言うことはないじゃないの」


彼は、私に覆いかぶさって来て、ベッドに押さえつけた。

「許せないのは、君をこんなふうに行動させた、俺自身だ。君がこんなにバカみたいに俺のこと思ってるってわかってたのに。手を離したりして。俺の判断ミスだ」

「あなたにそんなこと言う……」

「資格はある。体だけ欲しいなんて嘘をついたのは、3月に会社を辞めたあと、アメリカの会社で人工知能の採用プログラムを学びたいからだ。でも、それも断った」


「どういうこと?」