『ここには、あと一年もいないんじゃないかな』
『君のそばにいられない』
課長そう言ってたっけ。
どうせ長くは、いられない。
だから、会社の人間と深くかかわりたくないって。
一年後は、ここにいない。
来年の春には、会社を辞めるってこと?
軽いめまいを覚える。
そうなんですか?ってすぐにその胸の中に飛び込んで、すぐにでも、彼の気持ちを確かめたい。
確かめたら、
すぐに『その通りだから深入りするな』って言われちゃうか。
どっちに行っても、いいことない。
「本当に、大丈夫か?」
心配そうにのぞき込む課長。
「はい」
真剣に受け止めようとするから、答える方も真剣に答える。
彼は、嘘なんかつかない。
嘘なんかつかずに、正直に言う。
近づくなというのは、君のためだ。そう、はっきり言う。
だから、何も聞けないでいる。
気持ちが求めるまま、進んでしまって。
いざ、前に進めなくなったら、自制がきくんだろうか?
自分から深入りするなってけん制するくらいだから、課長の方は割り切れてるのかな。
冷徹メガネだもんね。
きっと、今までだってそうしてきたんだろうな。
「栗原、本当に大丈夫か?」
大丈夫じゃない。
全然。
店を出て、すぐにぐいっと引き寄せられる。
「そんなにふらついて、どうしたの?」
課長の腕の中。
温かい気持ちでいっぱいになる。
「家で話そう。俺も聞きたいことがある」
彼は、私を抱きしめる腕にぎゅうっと力を入れる。
顔に、何かが、ぽたっと落ちた。
雨かな?
夜なって急に気温が下がって、空気がひんやりしている。
「降りそうだね」
「降っても関係ないさ。もう家につく。でも……」
「ん?」
さらにきつく抱きすくめられる。
「やっぱり、家まで待てない」
ちょうど横を通りかかった誰もいないオフィスビルまで、連れて来られた。
抜け殻のようにひっそりとして、明かりも消えている。
通りからも、死角になって見えない。
ビルの壁に押し付けられて、壁のタイルが背中に当たっている。
待ちきれない。
彼の言う通り、むさぼるようなキスを受ける。