―――ポタッ




『え?』


何か水の様な物がお靏姫の頬に落ちてきました。


(御津……泣いているの?)


お靏姫は御津の涙を見て、やっと思い出しました。自分がどれだけ酷い事をしてしまったのか、どうして御津が城勤めを辞めてしまったのか。

御津は、ただ姫様に謝って欲しかっただけなのです。

自分の仕事と、暮らしやすい生活、そして最終的には自分の生命を奪ってしまっても、御津は姫様に仕えていた事を思い出すと、殺す気にはなれませんでした。


『―――御免なさい、御津……城の皆には本当の事を話すから……貴女の実家には沢山お詫びの品を届けるから……貴女が大好きだった下町の茶菓子も供えるから……私も死ぬ気で反省するから……赦して』

『…………』


御津は触れられない手で、お靏姫の髪を軽く撫でると、暖かく微笑みました。お靏姫の元に仕えていた時の、あの厳しくも優しい笑顔です。


『もう悪戯してはなりませんよ、姫様……―――』


そう言って、御津は夜闇に溶け消えてしまいました。








次の日の朝、お靏姫は城の者全員に、本当の事を話しました。少しだけ皆から反感を買ってしまいましたが、御津との約束通り、しっかり反省したそうでございます。

狼一にも、昨晩似たような事があったそうで、その日から数珠を手放しませんでした。

それから、御津の実家に謝罪の言葉とお供え物を届けたお靏姫は、町民の声をよく聴き、平和と安全な世の中を作り上げるため、誠心誠意、全身全霊で働いたそうでございます。









どうですかな、新入生さん。私の話はここまでで御座います。

……おや、私の首の傷にお気付きですか?

昔からあるんです。産まれた時から。何かの破片で切ったような傷ですよね。


そうそう、狼一と御津は密かに愛し合っていて、御津は狼一の子供を授かっていたそうです。亡くなる数年前には、もう出産していたとか。

あ、因みにこれが、御津と狼一の絵姿だそうですよ。




……私、御津に似ているでせう(でしょう)?」








ん?私が御津の生まれ変わりじゃないか、ですか?

新入生さんは輪廻転生を信じるのですな。……さぁ、どうでしょうねぇ……

……ふふっ、そんなに怯えないでくださんな。


この倶楽部の怪談はこれからがお楽しみですぞ。

それに、怪談の余談は言わぬが花……


と、意味深な言葉を残し、水若は懐中から出した扇で三本目の蝋燭の火を消した。