恋人である高柳俊(たかやなぎ しゅん)との出会いは緑山景子が高校生三年生になったばかりの時、大学受験に向けて入塾した個別指導塾だった。


当時景子は個別指導塾の他に、集団塾も通っていたのだが、あまりの英語の成績の悪さに心配した両親が個別指導塾のチラシを知人から貰い、景子をその塾へ入塾させたのである。


初めは気の進まなかった景子だが、とある指導者に出会ってから考えが変わった。


「緑山景子ちゃん。今日から担当になります、高柳俊です。よろしく」


爽やかな笑顔で言ったのは、景子でも知っている有名大学に通う高柳俊という男だった。


男の人と言えば学校の教師か父親だけであり、中高一貫校の女子校に通っている景子にとって、大学生と言えども年齢の近い男の人である高柳の存在は新鮮に感じる。


「よろしくお願いします」


頭を下げノートを広げて、授業中に書いた下手くそな京都のゆるキャラの落書きを、高柳に見られないうちに慌てて消しながら、景子は英語の苦手な理由を口答で述べていった。


「あー、英語は基本単語力だからなあ。後は文法の足りないところを補って、長文読解をやればなんとかなるから、受験まで後一年だけど、一緒に頑張っていこう」


その日の授業では、景子がどれだけ英語の問題を間違えても高柳は馬鹿にしたような素振りは一つも見せず丁寧に解説していったのである。


「先生、何でここはこうなるの?whyは疑問詞じゃないの?」


「そこは関係副詞のwhyだよ。ほら直前にreasonがあるでしょ。これは理由だから。その他にもこの文はfor whichとかに置き換えられる事があるから、ここはきちんと覚えておこうね。大丈夫?」


 参考書にマーカーで線を引きながら、高柳は景子が理解出来ているのかを確認した。


「はーい。大丈夫です」


「じゃあ、訳してみ?」


「はい。えっと……彼女は野菜が好きなのでここで小さな農園をしています?」


「そうだね。英語出来るじゃん」


「先生の教え方が上手だからですよ」


褒められて悪い気はしない。


「本当に?嬉しいな。俺が張り切って勉強しちゃいそうだよ」


茶化しながら笑う高柳に、景子も笑う。こんなに楽しく勉強を分かりやすく教えてもらいながら勉強したのは、初めてだった。


その日を境に景子は特に英語の勉強に力を入れるようになった。


自分の将来の為に頑張るというよりも、高柳に褒められたいという一心で勉強していたに近いのだが、改善されていく成績を目の前にして誰も景子の恋心に触れる大人はいなかった。