彼は、宝物でも扱うかのように、優しく私を地面へと降ろした。


「あ…あの……、ありがとうございます」


私が小さく言うと、青年は優しく微笑んだ。

とくんと小さく胸が鳴る。

私に向けられた、その包み込むような柔らかい表情は、さっき闇を消していた時のものとはまるで違う。


思わず彼に見惚れていると、青年は私の方へと手を伸ばした。

彼の指が、そっと私の髪の毛をなでる。


え……?!


思いもよらない行動に、さっきよりも大きく胸が鳴り始めた。

やはり、どこか懐かしいその手の感触を必死に思い出そうとするが、彼の顔をいくら見てもその整った顔立ちに見覚えはなかった。

緊張で息がうまく出来ない。


その時。彼は、ひた…、と私の頬へと手を滑らせる。


人とは思えないほど冷たい手の温度。

その手の温度とは反比例して、私の頬は熱を帯びていく。

青年が小さく口を開いた。


「こっちの世界とは、切り離された場所にいて欲しかったんだけどね」

「え……?」



“こっちの世界”……って、どういう意味?


私が黙ったまま青年を見つめていると、彼は、すっと私から離れた。

そして、私に背を向けて歩き出す。


数歩歩いて立ち止まった青年は、一呼吸置いてこちらを振り向いた。

その横顔は見惚れるほど綺麗で、妖しい雰囲気をまとっている。


「気をつけて帰るんだよ、ルミナ。今日のことは忘れるんだ」


はっ、と目を見開くと、青年はいつの間にか、夜の暗やみに紛れて消えていた。


「どうして、私の名前を……?」


ぽつりと呟いた私の言葉に、“闇喰いギル”が返事をすることはなかった。




プロローグ*完