どくん…!


今までで、一番大きく心臓が鳴った。



…この薬を飲めば、私はレイの記憶を失う…?


レイに拒絶されている今、私がレイの記憶をなくせば、全てが丸く収まる結果になるんだろうか。



ロディが、ばっ!と私を見て声を上げた。



「嬢ちゃん、飲むのか…?」



っ!



短い言葉の奥に、動揺と葛藤が見えた。



…ロディは、いつも私を支えてくれた。



レイに関わる記憶を全て無くしたら、ギルのことも、ダウトのことも

もしかしたら、ロディのことも忘れてしまうかもしれない。



小瓶を持つ手が、カタカタと震えた。



呼吸がうまくできない。


自分の手に握られている小瓶から目が離せなかった。



「ルミナさん。」


「!」



モートンが、私の名を呼んだ。


びくっ、として彼を見ると

モートンはやり切れなさを含んだ声で私に言った。



「名もなき魔法の研究を進めているのですが最後の一歩、完成までが遠いのです。

このままでは、レイ君のリバウンドが消えることはないでしょう。」



…!


短く息を吸った私に、モートンは言葉を続けた。



「ルミナさん、あなたが決めていいんですよ

レイ君は、いつもあなたの幸せを願ってましたから。」






……自分が、記憶から消されても

私が、幸せなら…………



私は、ぎゅっ!と小瓶を握りしめた。



…レイ……

どうしてあなたは……


私から離れてもなお、私の心を奪ったままなの…?



すぅ………。



私は、ゆっくりと呼吸をして目を閉じた。

瞳の奥に浮かんでくるのは、レイの姿ばかりだった。



……私、ダメだな。


失う勇気が、ない。


口では“記憶を消したい”なんて言ったけど

やっぱり、出来ない。


レイのことを忘れるなんて…私にはできないよ。



「……ごめんなさい。

せっかく用意してくれたけど、この薬は飲めない。」



「「!」」



私の口から出た言葉に、ロディとモートンがはっ、とした。


私は、瓶の栓を抜くことなくポケットにしまいこむ。


そして、二人を見つめながら言い切った。



「私は、レイを忘れたくない。もちろん、ロディのこともモートンのことも、今までのこと全部。

全部背負って、生きていきたい。」



しぃん、と研究室が静まり返った。


窓から吹き込んだ風が、ぺらぺらと机の上の魔法書をめくる。


二人は、黙っていた。

何も言わなかった。


私が、二人に声をかけようとした

その時


ロディが私に、コツコツ、と歩み寄った。


……ぽん。



頭に、優しい手の感触がした。



…!

ロディ……?



ロディは、何も言わずに頭を撫でた。


ロディは最後に、ぽんぽん、と軽く撫でると

聞き慣れた低く艶のある声で呟いた。



「……ありがとうな。」






モートンも、安心したような柔らかい表情を浮かべている。


二人は、“その答え”を待っていたかのようだった。



…これで、いいんだ。



私は、これから何があろうと、レイを記憶から消すことはしない。