すると、私の言葉を黙って聞いていたレイが小さく息を吐いた。

そして、私から視線を逸らして呟く。



「…そんなに言うなら、離れで暮らしてもいい。」



「えっ!」



一筋の光が差し込んだと思った、その時

レイは冷たい声で言葉を続けた。



「その代わり、俺は酒場を出て行く。

ガキの面倒は見られない。」






ガシャン、と心が割れた気がした。

ガラス細工で繊細に形作られていたレイとの思い出が全て崩れて消えていく。


私は、放心状態で立ち尽くす。


レイは、そんな私を一度も見ることなく
すっ、と足を前に出した。


遠ざかっていく背中に、私は何も言えない。


…レイ

レイ、待ってよ。


もっと話をしよう。


思い出すつもりがないっていうのなら

今から新しい関係を作ろうよ。


私、頑張るよ。


泣いたりなんてしないし、過去を無理やり思い出させようとすることも、もうしない。


だから、お願い……



「……行かないで……っ。」



やっとの思いで喉から出た私の声は

街の騒めきにかき消され、レイに届くことはなかった。



レイの姿が人ごみに消えた瞬間

私は、がくん、とその場に崩れ落ちる。


街行く人々の視線を感じたが、もう私は何も考えられない。



「……ちゃん………嬢ちゃん!」






後ろから、低い声が聞こえた。


顔を上げて振り向くと

そこには心配そうな顔をしたロディがいた。


ロディは、私に声をかける。



「悪いが、心配で嬢ちゃんたちの後をつけてたんだ。

ん、立てるか?レイと何を話したんだ?
あいつはどこへ…」



ロディの顔を見た瞬間

抑えていた涙が溢れ出た。


ロディは、はっ!として言葉を詰まらせる。


すっ、としゃがみ込んだロディは

人目を遮るように私の体をそっ、と包んで呟いた。



「嬢ちゃん……」



その言葉に返事が出来ず、私は声の代わりにぎゅ…、とロディの腕を掴んだ。


そして、そのままロディの肩に顔をうずめ、掠れる声で呟いた。



「……私の記憶も…消してくれればよかったのに……。」



「!」



ロディは、そっと私の背中をさすった。


まるで、泣きじゃくる子どもをあやすように私を抱き寄せる。

その感触は、とても優しく、温かかった。


「…嬢ちゃん、行こうか。」


「…っ…?」



耳元で囁かれた言葉に、ぴくりと反応すると

ロディは小さく言葉を続けた。



「モートンの所。

…俺が連れてってやるって言っただろ。」



…!



“もし、本当に苦しくなった時は、またここに来てください。”



モートンの声が頭に響いた。


私が小さく頷くと、ロディは私から離れ
背中を向けた。


そして、軽く振り返って私に声をかける。



「歩けないだろ。

おぶってやるから、乗りな。」



私は、はっ、としてすぐに断ろうとしたが

足がガクガクして力が入らなかった。


…立てないって、見透かされてた…。



「…ごめんなさい、ロディ。」


「ん、気にするな。

俺は嬢ちゃんの保護者代わりだからな。」



おずおずとロディの首に手を回し、彼の背中に体を預けると

ロディは、すっ、と立ち上がって歩き出した。


ロディの優しさと温かさに

無意識のうちに止まったはずの涙が流れたのだった。