その時

ぱしっ、とレイが私の手を取った。



っ!

え…っ?!



そのまま、レイに引っ張られる。


肩を抱かれ、はっ!とした時

目の前に大きな荷物を持った男性がいたことに気がついた。





ぶつかりそうになってたことに気づいて、手を引っ張ってくれたんだ。


私は、その場に立ち止まったレイに向かって声をかける。



「レイごめんなさい、つい考え事をしてて。

ありがとう…!」



すると、レイは私をちらり、と見て

ぶっきらぼうないつもの口調で答えた。



「…ったく、お前、犬みたいだな。

周りを見ずに散歩してると、いつの間にか一人になるぞ。手を焼かせるな。」



「!!」



その時

私はレイの言葉に大きく目を見開いた。



…今…

私のこと、“犬みたい”って言った…?



私は、私の肩から離れたレイの手を、ばっ!と掴む。


そして、驚いたように私へと視線を向けたレイに言った。



「レイ、私のこと、思い出した…?!」


「え?」



微かに眉を動かすレイに、私は続ける。



「初めて二人で街を歩いた時も、レイは私のことを“犬みたい”って言ってたの!

レイ、何か思い出さない?少しでもいいから!」



すると、次の瞬間

レイが、くっ、と小さく眉間にシワを寄せた


そして、私の腕を振り払い、握っていた手も離した。


レイは、すっ、と私から距離をとる。



嫌な予感がした。



まるで、これから起こる事を拒絶するかのように体が震える。


街の騒めきの中

レイの低い声は、はっきりと私の耳に届いた。



「お前のことは知らないって言ってんだろ。

…悪いけど、俺はお前のことも過去のことも思い出そうなんて思ってないから。」



…!


言葉が、出なかった。


“ショック” “傷ついた” “悲しい”


どの言葉を取っても、今の感情は表せない。


レイの薔薇色の瞳が、深みを増して私をとらえた。


もう、過去のレイの面影はどこにもなかった。


レイは、淡々と言葉を続ける。



「お互い、記憶がなくなったことをプラスにとらえないか。

お前を闇の世界に引きずり込んだのは俺みたいだし、このまま俺の側にいるのは危険だろ。」



“記憶がなくなったことをプラスに”?


確かに、レイがギルとして私の前に姿を現したことが、全ての始まりだった。


シンが私から完全に消えた今、私はもうレイの側にいてはいけないって分かってる。


レイが、私を闇の世界に引きずり込んだ責任を感じていることも分かってる。

レイが、“善意”で私を突き放そうとしていることも分かってる。


でも、“プラスに”なんて、考えられるわけないじゃない…!


私は、レイに向かって必死で思いを伝えた。



「わがままだって自分でも分かってるけど、せめてレイに私のことを思い出して欲しいの…!

酒場の離れに戻りたい。もう一度、一緒に暮らしちゃ、ダメ…?」