レイが、ゆっくりと歩き出す。


ギシ…ギシ…、と廊下が軋む。



…離れへと続く廊下を歩いてる…。

もしかして、私を部屋まで運んでくれてるの…?



トッ、トッ、トッ…


レイは、足音を忍ばせながら階段を上がってくれているようだ。


首元に顔をうずめていると、定期的なレイの呼吸が小さく聞こえてくる。


ふわり、とほのかな石鹸の香りがした。



…あ…いい匂い…。

支えてくれている腕が温かくて、いつもよりレイが近くにいるような気がする…。


っていうか、実際いつもより近くにいるんだ。

こんなにくっついたことなんてないし…。


私…今日は、なんだか変だ。


あれだけ辛くて苦しかったのに…

今は心が軽くなっている。


レイの側にいることだって、最初は怖くてビクビクしてたし

少し慣れてきてからもドキドキして落ちつかなかったのに


今はレイの側が落ち着く。

優しい香りと体温が、心地いい。



ガチャ…



離れの部屋の扉が開いた音がした。


私は、はっ、と今の状況を心の中で再認識して

目を閉じたまま体をこわばらせる。


レイは、ゆっくりと私をベッドに下ろし

音を立てないように私に布団をかけた。


私は、布団の重さを感じながら心の中で考える。



…レイも、なんだか今日は変だ。


いつもは、私が酒場でウトウトしてたら低い声で名を呼んで私を現実に引き戻して

ポーカーフェイスで威圧しながら“そんなに眠いなら外走ってこい。”とか言うのに…



今日は、優しい…。

いつものレイじゃないみたい…。



その時

そっ…、とレイの手が髪の毛に触れた気がした。


優しく、頭を撫でられる。



…っ!


え……っ?!

れ……レイ……?



どきん、どきん、と胸が鳴り始めた。

動揺して、ついまぶたがピクピク動きそうになるのを必死でこらえる。


すると、聞いたこともない優しく甘い声が、小さく私の耳に届いた。



「………無事で良かった…。」



…!


その声が耳の奥で響いた瞬間

額に、微かに柔らかな感触がした。







ふっ、と、レイが遠のいていく気配がした。


キィ…、と静かに部屋の扉が開く音がする。


────パタン。


離れの部屋に、扉が閉まる音が小さく響いた瞬間、私は目を開けた。


数秒、目をぱちぱちさせて固まる。



……今………

おでこに、“キス”…された………?



急に心の奥から溢れた熱が私の全身を支配する。


自分では気がつかないフリをしていた感情に名前がついてしまったような気がした。



「……どう…して……?」



私の口から、ぽろり、と出た言葉は、レイに聞こえるはずもなく

しぃんとした部屋の空気に飲み込まれて消えていった。




第3章*完