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「はぁ……はぁ……!」
ロディと別れた私は
走って、走って、走っていた。
見慣れた街を抜け、辺りに家々が無くなった頃、目の前に大きな建物が見えてきた。
壁や屋根が無くなっていて、建物を形作る柱や鉄骨がむき出しになっている。
…もしかして…
これが“研究所跡地”……?
上がった呼吸を落ち着かせようと、私はゆっくり走る速度を落とす。
廃墟に近づくにつれ草花は無くなり、違う世界に迷い込んでいくような感覚に包まれる。
…昔ここで、お父さんはモートンと一緒に働いていたんだ…。
今は研究所の見る影もなくなった建物に、私は心の奥が小さく痛む。
二年前…。
エンプティは、ここで大きな魔力を放出した
そして、当時ここに働いていた研究員を一人残らず消した…。
一冊残されたボロボロの魔法書が、そこがかつて“研究所”だったということを唯一示している。
私は、ぎゅっ!と手のひらを握りしめた。
…やっとここまで辿りついた。
モートンの樹海に着くまで、近道になったはずだ。
でも、よく考えたら私はここから樹海までの道を知らない。
…研究所跡地に、ここら辺の地図とか残ってたりしないかな…?
せめて樹海まで行って、モートンの名前を呼びまくって進めば
運が良ければ、モートンが気づいて出てきてくれるかもしれないし…。
私が、地図を探し始めたその時
モートンと初めて会った時の会話が頭の中に蘇った。
“レイ君は、ここに来る前、研究所で暮らしていたんです。”
…!
私は、むき出しの鉄骨に軽く触れながら、下から上へと視線を上げた。
レイも、ここに住んでいたんだ…。
自分の実家みたいなものがこんなにされたんじゃ、すごく辛いだろうな……。
と、ふとそんなことを考えた
次の瞬間だった。
『ここにいましたか。
…探しましたよ、“シンの少女”。』
「!!」
低い声が背後から聞こえ、ばっ!と振り返ると
そこには、冷たい表情を浮かべたラルフが立っていた。
…!
いつの間に、そばに来てたの…?!
私は、気配を感じなかったことよりも
彼と一緒にいるはずの“青年”がそこにいないことに動揺した。
「ロディは、どこ……?」
きっ!と睨みながら、震える声でラルフに尋ねる。
『ロディ…とは、あの“黒き狼”のことですか?』
「えぇ、そうよ。
あなたは、ロディと戦っていたはずでしょう……?!」
どうして、ここには“私たち二人”しかいないの…?
私が、そう心の中で続けると
ラルフは、くいっ、とメガネを指で軽く押し上げ、感情のない低い声で答えた。
『…ふっ。あの男は、人間ながらもなかなか手強かったですよ。
この私に傷をつけた、唯一の人間でしたからね。』
ラルフの言葉に彼を見ると
タキシードの腕の部分が破れ、血がにじんでいる。
と、その時
辺りにパァッ!と光が広がった。
「?!」
『な…何だ…?!』
私とラルフが眩しい光に、とっさに腕で顔を覆った瞬間
私の目の前に、外套を羽織った“青年”が現れた。
…!!
私とラルフは彼を見て、はっ!と息を呑む。
「ギル……?!」
私が、彼の名前を呼ぶと
黄金の髪の青年は、くるり、と私の方へと振り向き、口を開いた。
「…間に合ってよかった…。
ルミナ、怪我はない?」



