闇喰いに魔法のキス




…っ!!!

あれは、ダウト…?!



さっきまで話していた、まさに、“最悪の事態”が目の前で起こっている。



ぞくっ!と、恐怖で体が震えた、その時。

ぱっ!とロディが私の手を取った。



ロディに引っ張られるままに、私は手を引かれて走り出す。



「嬢ちゃん、裏口の窓から外に逃げるぞ。

…ちゃんと俺の手握っときな…!」



「う、うん…!!」



私とロディは、酒場の奥へと走った。



廊下が軋み、穴が開くんじゃないかと思うほどギシギシ、音を立てる。



そして、離れへと続く扉を開け

廊下の少し小さな窓に足をかけた。



先に私が窓から脱出し、ロディが後に続いて出たのと、酒場の扉が開かれて、黒マントの集団がカウンターに押し寄せたのは

ほぼ同時だった。



タン!と、酒場の裏の庭に降り立つと

ロディは、軽やかに街との壁となっている塀に登った。



高さ約三メートルの塀が、私の前にそびえ立つ。


ロディは、塀の上から私に声をかけた。



「嬢ちゃん、そこから登れるか?

レイの花壇を踏み台にするんだ。」






私は、少し躊躇したが、今は迷っている場合ではない。


…ごめんなさい、レイ…!


心の中で謝りながら、レイが丹精込めて手入れをしていた花壇に足を乗せた。


花を踏まないように、レンガ部分へと体重をかけ、塀をよじ登ると

先に酒場の外へと降り立っていたロディが、私に向かって腕を広げた。



「思い切って飛び降りろ。

しっかり受け止めてやるから…!」



ヒュオッ…、と冷たい風が頬を撫でた。

曇天がまるで悪夢のように街を覆っている。



私は、意を決してロディに向かって飛び降りた。



ぼすん!と、ロディは私を抱きとめる。

コートからは、ロディが愛用するタバコの少し大人な匂いがした。



「っと…!大丈夫か、嬢ちゃん。」


「うん。ありがとう、ロディ…!」



力強い腕で私を支えたロディは、すぐに辺りを見回す。



そして、私がロディから離れて彼を見上げると

ロディは、微かに眉を寄せて口を開いた。



「大通りは、ダウトがやらかした、さっきの爆発で通れないかもしれない。

リスクはあるが、裏道を通ろう。“研究所跡地”に向かえば、モートンの樹海への近道になる。」







さっきの爆発は、私たちの逃げる道を封鎖するのが目的だったの…?!


私は、ロディの言葉に頷き、彼の背中を追いながら尋ねた。



「“研究所跡地”って、どこなの?」



すると、ロディは前を見て走りながら答える。



「ラドリーさんやモートンが働いてた研究所のことだ。

二年前にダウトのボス、エンプティが、中にいた研究員ごと魔法で吹っ飛ばして、今は廃墟になってるがな。」



!!


“中にいた研究員ごと魔法で吹っ飛ばして”


それって、たくさんの人の命を奪ったってこと…?!



ダウトのボスの残虐さに、私は体が震えた。



…ひどい…。

エンプティは、人の命をなんとも思ってない奴なんだ…!



ロディは、「その一件から、エンプティはタリズマンのブラックリストに載ったらしい。」と続けた。



…ブラックリストは、国際的に指名手配されるほどの“闇”が載るデータブック。



研究所を魔法で廃虚に出来るほどの魔力の持ち主ってことは

エンプティはギルと同じくらい上級の魔法使いってことだ。



…そんな奴にシンが渡ったら、取り返しのつかないことになる…!



これからどんなことが起ころうと、ダウトにシンは渡せない…!