【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。



慌てて、先ほど声のした方へと駆け足で向かうと、角を曲がったところに、左吾郎さんの姿が。

私の姿に気づいた左吾郎さんは、笑顔でこちらに近づいてきて、私も駆け寄った。


「すみません。少し電話をしていて」

「僕の方こそごめんね、追いかけてきてしまって。百合香ちゃんに、話したいことがあって」


話?なんだろう?


「今度、二人で食事に行かないか?」

「二人で?」


唐突な提案に、思わず復唱してしまった。

私と、左吾郎さんだけで?

それって……。

やっぱり、私が避けたがっている話をするため、かな……。


「嫌なら構わないんだ。ただ、百合香ちゃんとはふたりで話したことがあまりなかったから」


意図が読めない笑みを浮かべる左吾郎さんに、私がNoと言えるはずがない。

それは、彼もわかっているはずだ。


「はい……是非」


わかってる、わかってるんだ。

左吾郎さんも、私に気を遣ってくれていることも。
きっと、私が出て行ったことを、「自分のせいだ」と負い目に感じさせてしまっていることも。

だからって、実家に戻るつもりもなければ、左吾郎さんをお父さんと言える気もしない。

いくらお父さんとして私に接してくれても、私はそれに応えられない。


「ありがとう。それじゃあ日程はまた連絡させてもらうよ。みんな待っているから、戻ろうか?」


返事をする代わりに頷いて、二人で部屋に戻った。