【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。




……しまった。


こんなこと、今までなかったのに。

表情を崩さず、いつも冷静にがポリシーだったのに。後輩に、みっともない笑顔を見せてしまった。

慌てて表情筋に力を入れ、真顔を繕う。しかし、時すでに遅し。

まわりにいた他の社員さんまで私のことを凝視していて、「ああ終わった……」と心のなかで呟いた。


「そ、それじゃあ、残業頑張ってください」


後藤君にそれだけ言い残して、オフィスから逃げるように飛び出る。


あああっ……どうしてあんな、気が抜けた顔を晒してしまったんだろう……。

昔、仲の良い友人に言われたことがある。

『百合香は、笑わない方が良いよ』

最初は、どういう意味かわからなかった。

そのことをお母さんに話すと、『百合ちゃんの笑顔を見ると、相手が戸惑っちゃうからじゃない?』という返事が返って来た。

そして、私は気付いた。

私の笑顔はきっと、とんだアホ面なのだろう、と。


以前から感情を表に出すことが得意ではなかった私。
けれどその一件からますます拍車をかけ、人前では滅多なことがない限り笑わなくなった。

それなのに、後輩の前で……。

きっと、拍子抜けされたに違いない。
頼れる先輩でいられるよう、しっかりしていたつもりなのに。


『那月に殴られそうだけど、ありがたくいただきます!』


後藤君が、あんな冗談言うからだっ……。