【完】悪名高い高嶺の花の素顔は、一途で、恋愛初心者で。





不意打ちを食らったような表情を見つめながら、下唇を噛みしめる。


「もう私は、いりませんかっ……?」

「……っ」


今の那月くんには……何を話しても無駄だ。


「那月くんが、怖いです……帰ります」


カバンを持って、涙が溢れる前に立ち上がる。


「お邪魔しました」


家を出るため、玄関へ向かってまっすぐに歩き出した。
今はもう、那月くんの顔を見たくない。

これ以上は……苦しくなるだけだ。

本当は、ちゃんと話をしたかったのに。

聞いてほしいことも、聞きたいこともたくさんあったのに。

那月くんは……そうじゃなかったみたいだ。


「待って、先輩……」


パシッという音が響くくらい、強い力で腕を掴まれた。


「離してください」


那月くんから、返事はない。

どうして……突き放すくせに、離してくれないんだろう。

腕を振り払うこともできず、私は溢れる感情をこらえるように下を向いた。


「もう……那月くんが私に何を求めているのか、わかりません」


泣きたくないという気持ちとは裏腹に、涙はじわりと溢れてしまう。

掴まれていない方の手で、涙を拭いた。


「俺、は……」

「今日私を呼んだのは、別れ話をするためですか?」


那月くんが言わないのなら、私から言ってしまおう。


「だったら——」

「違います」


……え?

予想していたものとは違う答えに、思わず振り返る。

視界に映ったのは——私を見て、苦しそうに顔を顰めている那月くんだった。


「那月くん?」


どうして、そんな顔してるの?