「市田のとこは、今年入ってこなかったんだっけ。」
かけられた言葉に、私はこくんと頷いた。
速水さん達の部署には研修を終えた新入社員が迎えられた。教育係も担っている彼はそのおかげで、ここのところ余裕がなかったみたい。
自分のことのみならず、新人さんにも気を配るというのはどんなに神経を使うことだろう。
速水さんが優しい人であるだけに、聞いていて私は少し心配だった。
「内川の面倒だけで大変なのに」って苦い顔で速水さんは呟いてるけど、心内では「ちゃんと面倒見てやらなきゃ」って思っているような人だから。
「何飲む?」
「えっと、とりあえず…カシスオレンジでも。」
「じゃぁそれと、シェリートニックを。」
年配のマスターさんが、かしこまりましたと頷いた。
「長嶋にだいぶ前ここ教えてもらったんだよ。」
「そうだったんですか。」
「ちょ、ごめん。」
長嶋さんはスーツの中から携帯を取り出す。
「仕事ですか?」
「んー、携帯の音消してなかったと思って。」
彼は再びポケットにしまう。
お仕事大丈夫なのかな。
「市田は仕事はどう。」
「私、ですか。私はまぁ、日々精進なので。」
っていっても、私も今年で入社3年目を迎えるわけだし、長嶋さんにいつまでも頼ってばっかりじゃいられないよな……
住宅展示場のお仕事を任された以来、一人で企画制作を任せられることも多くなった。それはもちろん良いことだし、やりがいももちろん以前よりも増している。
だけどここのところ、「もう一捻り」って企画書のチェックの度、長嶋さんに言われるのが大体のオチ。
油断してるワケでもないのに…。
「あんまり焦んなよ。」
それ以上言葉を発しなかった私に彼は言葉をかけた。
「ちゃんと見てるもんだから、結果だけじゃなくて努力してるところもさ。
だから、大丈夫。」
「…はい。」
私はこくんと頷いて見せる。
「おら、浮かない顔すんな。
せっかくのお酒、おいしく飲みないぞ。」
マスターが作って置いてくれていたカクテルを、私に飲めとばかりに彼はずずっと押しやった。