漂う嫌悪、彷徨う感情。


「じゃあ、行きましょうか。 あ、美紗ちゃん。 ここからはオレの事『和馬』って呼んでね。 さっきまでオレは美紗ちゃんの『浮気相手』だったけど、いまからは美紗ちゃんの『今カレ』なので」

日下さんが腰に手を当て、腕と横腹の間に空洞を作った。

「ワタシは日下さん・・・和馬さんの今カノという事ですね。 了解です」

日下さんの作った空間に自分の腕を通し、腕を組み直す。

「演じ切ってね、女優兼ペテン師美紗ちゃん」

「自分だってこれから嘘吐くくせに。 俳優兼詐欺師な和馬さん」

2人で顔を見合わせ笑い合い、入り口の自動ドアに向かおうとした時、

「良かった、今日も美紗ちゃんの笑顔が見れて。 やっぱ、笑ってる美紗ちゃんは凄く可愛い。 大好き」

日下さんとワタシの恋人設定は店内に入る前から始まっていたらしく、日下さんが胸キュン台詞を放出した。

彼氏じゃなくとも、そんな事言われたら嬉しいに決まっているわけで。

「・・・もう『今カノ』設定始まってたんですね」

嘘で喜んでいる事に気付かれたくなくて、照れ隠しにそっけない返事をした。

「まだ始まってないよ。 オレの事どんだけ嘘吐きだと思ってるのよ。 今のは本心。 そしてたった今から嘘吐きになるよ!! いざ!!」

日下さんが、折角隠した照れを引っ張り出し、顔を真っ赤にしただろうワタシを連れて遂に店内に足を踏み入れた。