漂う嫌悪、彷徨う感情。


美紗はオレにまで嘘を吐いた。

真琴の話をみんなにしないでと口止めしたのは、会社でのオレの立場を守ろうとしたからだ。 妹のせいで破談になった等と社内に広がれば、オレが白い眼で見られる事は目に見えているから。

自分のプライドを守りたい気持ちもあるかもしれない。 でも美紗は、自分の気持ちを優先して誰かを傷つける様な事は絶対にしない。

確かに結婚の取り消しを申し出たのは美紗だ。 だけど、その原因は美紗じゃない。 美紗の言う『自分の責任』って何なんだ。 美紗に何の責任があるんだよ。 美紗は何も悪い事なんかしていないのに、何で自分1人で背負おうとするんだよ。 退職って・・・。 美紗は、会社を辞めてオレの前から消えるって事?? 結婚が立ち消えになっただけじゃなくて、もう会う事さえ出来なくなるという事なのか??

「待ってよ。 ちょっと待ってよ、美紗。 勝手すぎるよ」

「こんな自分勝手な人間と結婚しなくて良かったですよね。 佐藤さん、仕事に戻りましょう。 この会議室、10分後に利用予約入っているので、そろそろ出ないと」

美紗は手の甲で涙を拭うと、無理矢理な笑顔を作りながら『ペコ』っと頭を下げると、会議室からトイレに直行して行った。

女はずるい。

泣いてもなんとなく許されるから。

男はそうもいかない。 男のくせにって言われるから。

オレだって今、泣きたいくらいにしんどいのに。