漂う嫌悪、彷徨う感情。


「お堅いね。 美紗ちゃん」

日下さんが唇を尖らせた。

「日下さんに下心がない事は分かってるんですけど、ワタシ、頭でっかちなんですよ。 日下さん、折角気を遣ってくれたのにすみません」

自分でも、もう少し柔軟に物事を考えられたら・・・といつも思う。 開き直れたら・・・と、思う。

ワタシにはあるんだ。 日下さんにはない『下心』が。 自分から勇太くんを避けておいて、勇太くんに『尻軽女』と思われたくないという下心が。 尻軽と思われようが、そうでなかろうが、事態は変わらないのに。 だったら日下さんと温泉に行ってしまえばいいのに。 分かっているのに、意地汚い思考がワタシの足を止める。

「・・・じゃあ、とりあえず保留しとくよ。 気が変わったら連絡して」

日下さんが、画面にLINEアドレスのQRコードを映した携帯をワタシに向けた。

『連絡先を交換しよう』という事なのだろう。

温泉はまだしも連絡先の交換を断る理由はない。 それを拒んでしまっては『自分は狙われていると激しい勘違いを起こしている痛々しい女』でしかない。

「・・・変わらないと思いますよ」

鞄から自分の携帯を取り出し、日下さんの連絡先を読み取った。

勇太くんと付き合って以来、会社の人間以外の男性と連絡先を交換したのは初めてだった。

フリーの状態での異性との連絡先の交換に、こんなに切なくなったことは今までなかった。

いつもはもっと、変な期待とドキドキ感があったのに。