VS IV Omnibus2 パペット



 プァンスの肩を抱くように、陰からサンドが現れた。

 少し、怖い目をしている。

 大きな彼が、チナを恐れている気もした。

「何にも怖がることなんてないのに…だって、私達、前にも会ってるでしょう?」

 るるるん。

 タルトを作るための、パウダーコードを押す。

 ボウルを準備して、パウダーを入れる。

 砂糖に小麦粉にバター。

 順番にパウダーを用意しながら、チナは二人の方を振り返った。

「だ、だめだよ、チナ…」

 プァンスが、不安そうな声を出す。

 いつも、ご飯ご飯と元気のいい声を出す彼女が、震えている声を出すなんて。

 何故、そんなにチナを恐れるのだろう。

 彼女は、本当に調理くらいしか取り得のない女なのに。

「だめだよ…サンド…絶対だめだからね」

 その震えを、プァンスは自分の夫にも向けた。

 ああ。

 恐れているのは、チナの記憶なのか。

 彼らに会ったことがある、という記憶。

「心配しないで、プァンス、サンド」

 チナは、タルトを作りながら、にこっと微笑んだ。

「私達は、カボチャの馬車よ…魔法がとけたら、ただのカボチャとネズミに戻るだけ…ちゃんと分かっているわ」

 ピースがまたひとつ、チナの頭の中ではめこまれる。

「あ…あ…ああ…」

 プァンスは、後ろ手にサンドの服をぎゅうっと掴んでいる。

 いまにも、泣き出しそうだ。

 涙より先に。

 プァンスの髪が、しゅるしゅると伸び始める。

 身体も、しなやかに伸び始める。

「……!」

 異変に気づいたサンドが、そんな彼女を強く抱き寄せ──口付けた。

 深く深く。

 人目があるからとか、恥ずかしいとか、そういう感覚はまったくない。

 そうしなけれならないのだと、チナに伝わってくる口づけ。

 プァンスは言った。

 サンドも、彼女の食べ物だと。

 成長が──止まった。