「よーし、出港するか」

 アルバは、指をぽきぽきと鳴らした。

 不精髭をじょりっと撫で、操縦パネルにごつい指を走らせる。

 全身が、船の振動を感知していた。

 絶好調なのは、自分の鼻先に伝わる震えで分かるのだ。

「うりゃおりぃぁあああーっ!」

 イカレたテンションの奇声を発しながら、船を港からすべり出させる。

 そんな漢臭いシートに、細い指がかかった。

「あなた…」

 出港時にも関わらず、ふらふらウロつく奇行は、彼女以外にいない。

 妻のチナだ。

 テンションを上げすぎて、馬鹿になった嗅覚に、ふわりと甘い匂いがすべりこんでくる。

「あなた…おやつよ」

 皿にのせられた果物のパイが出てくる。

「おうっ、うまそうだな!」

 好物に、反射でよだれを出しながらも、アルバはパネルに両手を張りつかせたまま。

「だが、ちょーいと待ってくれよ、スィートハニー。こいつが、あんよを始めたばかりでね」

 隣の副操縦席を、顎で差す。

 座って待っててくれ、という合図だ。

「そう…なの」

 今食べてもらえないことに、少しがっかりしたような彼女は、ぺたんと席に座った。

 アルバは、ほっとする。

 加速を始めるところで、歩き回られたら危険だからだ。

 普通なら、ちゃんと側に座らせて出港するのだが、今回はちょっと勝手が違った。

「お客にも、そいつを出したのか?」

 妻を、ちらりと横目で見る。

 きれいにまとめ上げられた黒髪に、知的な眼鏡。

 黙って立っているチナを見たら、人はきっと教師か秘書とでも思うだろう。

「ええ…50個はあったわ」

 聞くだけで、胸焼けしそうな数に、アルバは苦笑した。

 燃料の心配より、食料の心配をしていくことになりそうだ、と。