そして、思い出した。私がとっさに突き飛ばしてしまった瞬間の、彼の表情。

呆然と私を見つめ、酔いが冷めたようにさあっと顔色を変えた高屋の顔には、ありありと『しまった』という文字が浮かんでいた。

抱きしめられた相手にそんな顔をさせてしまう自分って、なんかもう、ほんと女としてどうなのかな。

そんなふうにぐるぐる考えていたら、ある日突然急にひらめいた。


──ああ、そっか。

私って、高屋のこと……友達じゃなく、男としてすきだったんだ。



「高屋には忘れるくらいどうでもいいことでも、私にとってはどうでもいいことじゃなかったよ」



でも、仕方ないと思っていた。高屋が覚えてないなら、私だけがあの記憶をこっそり大事にしていればいい。

今まで通り、自分の気持ちに蓋をして仲の良い友達でいればいい。

そう思っていた。……今日、直接高屋と顔を合わせるまでは。


ぎゅっと、彼の背にすがりつく手に力を込める。

お互いこんなにからだが熱いのは、きっと、アルコールのせいだけじゃない。



「……けど、高屋もでしょう?」

「………」

「高屋にとっても、どうでもいいことじゃなかったんでしょう?」



ぼんやり光るまるい月が、振り返った高屋の顔を照らす。

いつかの帰り道、あんな月を「ホットケーキみたい」と言った私に見せた彼の笑顔を思い出して、胸がきゅんと鳴った。



「……どうでも、いいわけあるか。いつも俺は、上野にあんなことばっかりしたいと思ってるんだから」



どストレートにそんなことを言う高屋は、それでもなんだか苦しげに眉をひそめている。

ようやく彼のほんとの気持ちが聞けて、思わず破顔した。