傍から聞けばとんでもない言葉を、何でもないことのように高屋は言った。

だけど肩越しに見えた彼の横顔は、さっきの自嘲的な笑みとも違う。話した内容には似つかわしくない、どうしてか何の感情も読み取れない真顔で。

その表情に気付いた瞬間、私は考える。


私と高屋は住んでいる場所がわりと近く、同期会の後はいつもあたりまえのように一緒に帰っていた。

その決まりきった流れも、他の同期たちをしょっぱい顔にしていたひとつの原因で。今日の居酒屋からは高屋の家が歩いて15分くらい、そこからさらに歩いた先にある駅を通り過ぎると私の家という位置関係から、彼に私を自宅へ送り届ける役目の白羽の矢がたったのはごく自然な流れだ。


──普段から、私たちは飲み会の後いつも一緒に帰っていた。

──今日の会場も、それが自然に行える位置だった。


なのにさっきの高屋の発言は、まるで“今日は私が自分と一緒に帰らないかもしれない”と考えていたみたいだ。

その、理由は。



「……うん、って、言ったら?」



高屋の肩を掴む手に少しだけ力を込めて、ささやいた。

は、と、不意をつかれたらしい高屋が短く息を吐く。



「私が、……高屋に襲われてもいいと思って背中に乗ったって言ったら、どうする?」



今度ははっきり、ちゃんと意味が伝わるような言い方をした。

高屋が足を止める。さっきは一瞬だけだった彼の緊張を、今度はまざまざと感じた。



「……なに、言ってんだ。酔いすぎだぞ上野」



少しの間の後、ようやく高屋はつぶやいた。

この後に及んで、彼はあくまでやさしく紳士でいるつもりだ。そうして、本当の感情を隠そうとする。


私はもう、とっくに“それ”に気付いてしまってるのに。



「ねぇ、高屋」



彼の肩に頬をくっつけながら呼びかける。

もう、間違えてしまわないように。細心の注意をはらって、私はその言葉を口にした。



「本当は高屋、……2ヶ月前のあのときのこと、覚えてるんでしょ?」