この店は、その彼が一度だけ付き合う前に連れて来てくれたお店。

そして、付き合うきっかけになった思い出の店。

 あの日、彼と二人っきりという事に舞い上がり、慣れないお酒を飲み、酔ってしまった私を彼が家まで送ってくれた。

 そして、彼は私の初めての人となった。

 彼とデートと言うものはした事がない。
だが、会社以外の外で、彼に会えなくても、不満を持つことも無かった。
寂しくとも、それが不倫をする者の、あるべき姿だと、私は思っていたからだ。

 勿論、彼との結婚を夢見たことが無い。と、言えば嘘になる。だが、奥さんと別れて欲しい。と、彼に頼んだことは一度も無い。

 母からは『人の悲しみの上に、幸せは無いのよ?』と、言われていたからかもしれない。

母には、付き合っている人がいる事は、話していた。だが、相手が既婚者とは話してなかった。

たぶん母は気付いていたのだろう。私が愛してはいけない人を愛してしまった事を…。

 彼の奥さんは体が弱く、長期入院を繰り返していた。
彼は、仕事が休みの日は必ず、奥さんのもとへ行き、一日中奥さんの側に居る優しい人だった。

 だからこそ、私は自分の立場を分かっていた。

いつ迄も、こんな事続けていてはいけない事も。