「貴方、あの時の……」


私の様子に社長が首を傾げる。


「なんだ、知り合いだったのか?」

「いえ、初対面です」


答えたのは私ではなく彼だ。

どうやら彼の方は覚えていないらしい。

斜めに分けられた前髪から覗く瞳が訝しげに私を見ていた。

でも、それが普通だろう。

私が覚えていたのは、彼のルックスレベルが高いから故だ。

涼やかな顔立ちと、それに似合うショートレイヤーにカットされた清潔感のある黒髪。

思わず見惚れてしまうその容姿は、正しく。


「あの、道でぶつかってしまったことがあって」


薄紅の花びらが舞う桜並木の下、私の不注意で迷惑をかけた相手だ。


「ほうほう。運命の再会か」


冗談なのか本気なのか。

社長は楽しげに笑うと、あとは若い2人に任せるよと言い残し、廊下の向こうへと去って行ってしまった。

いきなり放置されてしまい戸惑ったものの、きちんと挨拶をしていない事に気付いた私は、手にしていた大きめの鞄を持ち直すと、彼に改めて向き直る。


「高梨 美織です。以前は不注意でぶつかってしまいすみませんでした」

「だから覚えていない」


軽く頭を下げて私に、彼は興味なさそうな声色で告げた。