教室の誰も灰澤さんの話をすることはなかった。 ちょうど俺が遅刻して下駄箱に入ったとき、灰澤さんが靴に履き替えていた。 二時間目の途中の時間だった。 首にマフラーを巻いて運動靴を履いている。俺は自分の靴箱を開けながらその様子をみていた。 きっとそれにも気付いていない。 灰澤さんの目には誰にも映っていない。 「今から帰んの?」 声をかけると驚いたようにこちらを見た。 俺にはその表情が笑顔を殺した仮面にしか見えなかった。 「うん」 「俺自転車で来たから、送っていこうか?」