「ところであんた、さっき廃部って言わなかった?」

 生徒会長は軽く舌打ちした。狭い部室の中に思いの外大きく響く。

「オカルト研究会を廃部にすると言っただけのことだ。まだ何か用か」

 七瀬は優馬に問いかける。挑むような目つきを、生徒会長にぶつけたまま。

「ねえ優馬、部員て何人いなきゃいけないの?」

「研究会なら、二人だけど」

「合計で二人いればいいってことね?」

 優馬は二人の意味のピースサインを出したままこくこくとうなずく。

「おい、部外者は黙ってろ」

 ドスの効いた声で生徒会長がけん制する。が、七瀬にとっては逆に呼び水となった。

「じゃあさ、私が今すぐ入部すれば解決するわよね」

「黙れ。オカルト研は廃部だ」

「はぁ? 私が入部すれば人数足りるじゃない。何か問題あるわけ?」

「大ありだ。ダメなものはダメだ。とにかくオカルト研は廃部だ」

「何それ。全然理由になってないじゃない。大体、いくら生徒会だからって部活を廃部にする権限なんてあるわけないもの」

 七瀬は不敵な笑みを浮かべ、思わしげに目を細めた。

「それともぉ、御曹司の会長『様』はぁ、そーんな勝手なことを全校生徒代表だからって言えちゃうわけ?」

 生徒会長は忌々しげに顔をゆがめた。

「お願いします! 入部してください!」

 声がした先へ視線が刺さる。優馬が机にこすり付けるように頭を下げていた。

「つけ上がるな。たかが零細部が」

「お願いします。部員が増えないと廃部なんです。お願いします」

 優馬はやけくそな気分で叫んでいた。みっともないことくらいは織り込み済みだった。何もしないで廃部になるくらいなら、この程度のことなど何てこともない。追い込まれ切った状況が、ヘタレの優馬に似つかわしくない追い風となっていた。

「分かった。私、オカルト研究会に入部する」

「おいお前。誰が認めると言った。誰がなんと言おうと、オカルト研は廃部だ。これだけは譲るわけにはいかんな」

「うわー、譲るとか言っちゃってホント何様? 必死過ぎてキモいんですけど」

「何も知らない人間がつけ上がるな」
 
 生徒会長の押し殺した声に、生徒会役員たちが一斉に震え上がる。ついでに優馬も震え上がっていた。いかに生徒会長が本気であるかを間接的に思い知らされる。

 一体何が起きているのかは分からないが、いまだかつてない何かがこの部屋で行われているであろうことは想像に難くなかった。

「お前が何を勘違いしているのかは分からないが」

 さすがと言うべきか、七瀬の散々な煽り口調にも冷静さを見失わない。

「この学校の部活動に与えられる予算は毎年非常に厳しい状況が続いている。よって」

「ごちゃごちゃ言いがかり付けないでくれる?」

 バンッ!

 生徒会長の声を遮り、七瀬は両手を机に叩きつけた。

 ──まったく、何なんだよ!

 心の中で叫びながら、優馬はしがみつくようにノートPCを抱きかかえる。どれだけボロかろうが、オカ研の活動を支えてくれる貴重なデジタル機器なのだ。

「こんなあってもなくてもいいような部活、わざわざ潰したって予算減らせないじゃない」

 ずばり核心をつく言葉が、容赦なく優馬の心に突き刺さる。

「何が言いたい」

 そんな優馬の苦悩をよそに、生徒会長の顔に再び苛立ちの色が浮かんだ。

「他に理由があるんじゃないかって言ってるの!」

 見るに見かねたのか、それまで黙っていた役員が後ろから声を上げようとするのを生徒会長は片腕だけで制してみせる。

「お前に何が分かる」
 
 言葉の険呑さとは見事に裏腹、腕を広げたまま七瀬に向けられた一言はなおも感情を押し殺した、抑制の利いた声に縁取られている。

「俺は生まれ育ったこの町を愛している。町のためなら命をかけてもいい。生徒会長をやるのも同じ理由だ。それをお前のような人間にどうこう言われる筋合いなどないんだがな」

「じゃあなに? 私がどうでもいいような理由でここにいるって、そう言いたいわけ?」

 売り言葉に買い言葉。今にも食ってかかりそうな殺気に七瀬の瞳が燃えている。

「他の何だと言うんだ。所詮コソ泥の子はコソ泥に過ぎん。俺は町で随一と言われる滝上家の跡取りとして、ゆくゆくはこの町を背負う身だ。お前のような不埒者とは違う」

「親は関係ないじゃない!」

「耳障りだ。野良犬は野良犬らしく外野で吠えろ。とにかく、このような部活をいつまでも野放しにしておくわけにはいかん。今度の教職員会議でオカルト研は終わりだ」

「待ちなさいよ」

すかさず七瀬が声を張り上げた。

「だったら、私たちと生徒会で賭けをするっていうのはどう?」

「ほう?」

 生徒会長は片眉を上げた。

「私たちが賭けに勝ったら、オカルト研究会はそのまま存続、負けたら即刻廃部。私はこの学校を辞めて、町からも出て二度と戻らない。どうかしら?」

「えっ? ちょ、ちょっと、いきなり何言って」

「部外者は黙ってろ。俺は今この女と話をしている」

 ──部外者?

 オカルト研究会の存続について話をしているのに部外者も何もあったものではない。優馬は腑に落ちないものを感じながらも、生徒会長の剣幕に押され返す言葉もない。

「で、賭けの中身は何だ」

 生徒会長は七瀬に向かって薄い笑いを浮かべながら声を凄める。優馬であれば財布を床に置いてそのまま逃げ出しそうなところだが七瀬もさるもの。やはり微動だにしない。

「この町の神社に龍神伝説ってあるでしょ。あの龍神がいるってことを私たちが証明するの」

「龍神だと?」

 生徒会長は一瞬沈黙した後、突如として顔を歪め、腹を抱えながら心底おかしいとでも言うように甲高い笑い声を上げ始めた。生徒会役員たちはぽかんと口を開けたまま、どうすることもできずにただ見守っている。

 笑いが止まらない生徒会長は立っていられないのか、棚の柱に手を突き、肩を大きく上げ下げしながらひゅーひゅーと荒い呼吸を繰り返す。それが一分ほど続き、息を整えた生徒会長はようやく顔を上げる。 

「面白い! 神の姿が人間ふぜいに見えるものか。いいだろう。では俺の任期末、つまり次期生徒会長選挙が終わるまでに俺に報告してみせろ。九月の次期生徒会長選挙まで約二ヶ月、それができなければ本当に廃部だ。それから秋山七瀬、お前にはこの町と学校から出ていってもらう。異存ないな!」

「十分よ。そっちこそ負けて吠え面かかないようにすることね」

「よく言った。心意気だけは褒めてやる。まあせいぜい頑張ることだな。見つけられなければオカルト研を跡形もなく解体してやる。覚悟しておけ」

 生徒会長は朗々と声を響かせながら一気に言いきると、満足げな笑みを浮かべたまま部室を一瞥。

「引き揚げるぞ」

 踵を返し、生徒会役員たちを引き連れ意気揚々と部室を後にした。