七瀬は神社の奥にある遊歩道を歩いていた。

 ──何かがおかしい。

 違和感を抱く一方、何がおかしいのかは分からなかった。何もおかしくないようで、何もかもがおかしい。そんなもやもやとしたものを抱えながら、遊歩道を奥へ向かって休むことなく進んでいた。

 何より、ここに至るまでの記憶が一部分抜けていた。少なくとも、鳥居をくぐるところまでははっきりと記憶している。けれども社殿の横を通り抜け池を横に見ながら遊歩道を歩いて来ているはずなのに、靄がかかったように曖昧で思い出すことができない。

 ふと気付いたらここにいた、と言ってしまったほうがまだ正確と言えた。

 いつ社殿を通り過ぎたのか。畳三畳ほどもある遊歩道の案内看板だって見逃すはずがない。にもかかわらず、気に留めるまでもない些細なことであるかのように記憶がなかった。

 むしろ心に引っかかっていたのは、教室に残して来てしまった優馬のことだった。優馬に何も伝えないまま独りでここまで来てしまったことを、今さらながら思い返していた。
 
 七瀬は携帯電話を持っていない。となれば、一旦はぐれてしまった七瀬を捕まえるのは決して容易ではない。条件は優馬にとってすこぶる悪いものとなっている。

 今頃優馬は自分を見つけ出そうと躍起になっているのではないか。七瀬は、ふとそんなことを考えてしまう。

 けれども、もう少しで重要な何かを思い出せそうなところで、今の自分には特別な力が与えられていることを思い出すまであと少しということころで、新たに浮かんできた疑問に思考を妨げられていた。

 ──そういえば、どうして私はここにいるんだろう?

 などと、当たり前のことを改めて思う。けれども、何故自分がここにいてこれからどこに向かおうとしているのか、どうしても思い出すことができなかった。一方で、神社の奥へと歩いて行く足は確信的と言っていいほどの確かさで進んで行く。少し不思議に思いながらも、七瀬は同じ場所に止まろうとはしなかった。 

 なおも歩いて行くと、いつぞや踏み入った藪の中の小路が視界に入ってきた。人の侵入を拒むかのように鬱蒼とした藪が壁となって立ちはだかる一点に、僅かに人が一人通れるくらいの大きさの穴が開いていて、そこからトンネル状の空間が森の奥へと続いていた。

 七瀬はその入り口すぐ手前まで来るとぴたりと足を止め、後ろを振り向いた。誰かが自分を呼んだ気がしたのだ。

 ──この声、誰だったかな。

 けれども、普段から人気のない散策路には幽霊たちが緩慢な動きで歩き回るだけで人の姿は見当たらない。

 ──気のせい、か。

 再び前を向くと七瀬は何の躊躇いもなく藪の中へと踏み込み奥へと消えて行った。