ずるり、と。登ろうとしていた階段から足を滑らせて、私はそのままずぶりと水の中へ身を投げた。

そこは、真っ黒のような青だ。
手を伸ばすけど、捕まえられるのは空気のような水の塊。するりと私の手を抜けて、沈む私とは正反対に浮かんでいく水の泡を持ち上げてゆく。


ずぶり、ずぶり、沈んでゆく。
私の体が、心が、感情が、全部このまま、沈んでゆく。


あの時のことを思い返すといつも、そんな感覚に囚われる。深い深い水の中へ、たった1人で沈んでいく。浮かんでいく泡を見ながら、下へ下へと、沈んでいく私。そこに手を伸ばしてくれる人達の手を、私は幾度となく見ないフリをしてきた。


だって沈んでいくのは、私の運命だ。
私が自分で、この道を選んだのだ。



______ああ、それなのに。



「ミウ、……ミウ」

手を伸ばしたその先に、きみの声が聞こえる。薄っすらと開いた目線の先の水面に、黒い影ができる。それは段々とはっきり姿を現して。


「……ミウ」


何度も、名前を呼んでいた。私を抱きしめている間。______ノガミくんは、何度も何度も、私の名前を呼んでくれた。まるで、この世界に私を連れ戻すように。強く強く、痛いほどに抱きしめられたノガミくんの手は、私より震えていた。



私は、きみの手をとった。



ずぶりずぶりと沈んだ私を、どん底まで落っこちた私を、拾い上げてくれたのは、紛れもなく、ノガミくん、きみだよ。
ああ、涙が止まらないのは、きみが私のことを、すくいあげてくれたからなんだよ。



「……ノガミくん。」


ぎゅっと、ノガミくんの背中に手を回した。私をすくいあげてくれた、きみの背中に。


「……聞いて、くれる?
いつかじゃなくて、今」


手を伸ばした先にきみがいた。きみは何度も私の名前を呼びながら、その手を掴んでくれたね。私を、すくいあげてくれたね。