「ミウ!」


フラフラと歩いているミウの姿が目に入った。俺が叫んでも振り向かず、ただ歩いているだけのミウに、俺はすぐに追いついた。

ミウの腕を強く掴んだ。抵抗もされなければ、声も発しない。

背中を向けたミウの表情は分からない。
冷たい廊下の空気が何かを壊してしまいそうで、俺はミウの手を掴んだまま、すぐ横にあった教室へと連れて行く。


「ノガミ、くん」


やっとそこで、ミウが口を開いた。俺がミウの方を振り返る前だったせいで、ミウの顔は見えなくて。でも、声が、震えている。俺は、振り返る代わりに、ぎゅっとミウの手を強く握りしめる。


「……ごめんね、わたし……。
取り乱して。何でもないの。本当に、なんでも…」


ミウの強がりだって、痛いほどにわかる。何でもないわけがないんだ。こんなに小さなミウが、痛いほどに強がって、きっと泣くのをこらえているんだ。


俺が美術室を出て行く前に、カナが吐き捨てた言葉が、頭をよぎった。



『あの大賞の絵は、ミウが描いたのよ…。あの絵は、本当は、ミウのものなの……っ』



ああ、きっと。1年前からミウが抱えていたものは、俺の想像なんかよりはるかに辛いものだったに違いない。

何が起きて、どうしてそうなったのか、そんなことまではまだわからないけれど。


「何でもないわけ……ないだろっ……!」


俺が振り向いた瞬間、ミウの頬に涙が伝った。初めて、俺の前で、ミウが涙を流した瞬間。もうこの感情を、抑えることなんて出来なかった。

ああ、追いかけてきてよかった。きみを、一人にさせなくてよかった。


俺は、そのまま、強く。
ミウを、抱きしめた。

胸の奥でひしひしと、ミウに対する想いが鳴っている。小さなミウの、弱くもろい泣き声が、俺の腕の中で響いていた。