話しているうちに、1時間経ったらしい。
時間の流れは水のように早い。
『1時間経ったから、受け取りに行ってくる』
「じゃ繋げっぱなしにしておいて」
『さっきも思ったんだけどそれで良いの?
ずっと耳に無言のスマホ当てているの大変じゃない?』
「どうして?
話しかけてくれているのに気付かないのは嫌だよ。
それに、ずっと無言のスマホから心ちゃんの声が聞けるのは嬉しいからね」
『…その無自覚に相手を喜ばせること言わない方が良いよ。それじゃ』
「え?ねぇ、無自覚に相手を喜ばせるってどういうこと?
心ちゃん、僕の言葉で喜んでくれているの?
ねぇ、どういうこと!?」
相手のいなくなった電話口に向かって叫ぶ僕は変だ。
だけど、確かめたかった。
ねぇ、喜んでくれているの?
「ねぇどういうこと!?」
『え?…まさかずっと電話口に向かって言っていたの』
「だって気になったんだもん!
心ちゃん、僕が心ちゃんの声が聞けるの嬉しいって言ったの、喜んだの?」
『……』
「僕の無自覚な言葉が、心ちゃんを喜ばせているのなら、僕はずっと言い続けるよ」
『水樹くん…』
「というか無自覚だから、相手を喜ばせる言葉とかわからないや。
いつも思ったことをそのまま言っているから」
『…わたしの声聞くの、嬉しいの?』
「うん、嬉しい。繋がっているから、嬉しい。
僕を知っている人がいるっていうのが嬉しいんだ」
『変なの。
水樹くんを知っているのはそっちでもいるでしょ』
「いるよ。
でも、心ちゃんは特別」
何もかもを一瞬で全て忘れたから、誰かひとりでも記憶に僕が残ると少し嬉しい。
それが心ちゃんだと、もっと嬉しい。
忘れないでいてほしいんだ、出会えたことを。
「僕にとって心ちゃんは特別な存在。
本来出会うことのなかった、奇跡のような存在。
僕はずっとずっと、心ちゃんとの日々を宝物にしていきたい」
『ばっ……馬鹿!』
「ば、馬鹿!?
何で僕馬鹿なんて言われないといけないの!」
『そ、そんなの普通恋人に言うでしょ!
彼女じゃないわたしに言わないでよ!』
「僕にとって今の彼女は心ちゃんだけどなぁ」
『わ、わたしには好きな人が!』
すっと、心ちゃんが息を飲む。
…様子が、少し可笑しい?
「…心ちゃん?」
『……ッ!』
「心ちゃん?心ちゃーん?どうしたー?」
名前を呼んでも、反応がない。
何かあった?
何があった?
『……何で…』
震えた声。
僕は黙るしか出来ない。
『どうしてっ……』
泣きそうな声。
…いや、きっと泣いてしまっている。
さっきまで笑っていた彼女は、一瞬にして泣いてしまっていた。



