ぶらぶらと、他愛もない話をしながら人通りの少ない道を歩く。

最短距離だから、大通りではなく裏道なのだ。



『……あ』

「え?」

『近くに赤い屋根の家ない?』

「赤い屋根…あ、2階建てのちょっと古そうな家?」

『そう。ちょっと覗いてごらん』



言われて覗いてみると、柴犬が外に置かれた犬小屋の前で気持ち良さそうに寝ている。

暑くないのかな…。



「うわぁ…可愛い」

『今そっちは何しているの?』

「寝ているよ。気持ち良さそうに。暑くないのかな…」

『こっちは起きて尻尾を振っているよ。よしよ~し』



スマートフォンを犬へ近づけたのか、ハッハッと言う息の音が聞こえる。



「つまりこの犬は、3年後も生きているってことだね」

『あはっ、そうなるね。ふふ、可愛い~』

「犬好きなの?」

『動物全般は基本好きだよ。心ちゃんは?』

「わたしも結構好き。でも爬虫類とかはちょっと苦手…」

『そうなんだ。可愛いね心ちゃんは』



ドキッと不覚にも心臓が跳ね上がる。

可愛いなんて…そんなサラッと言わないでよ。



「い、行こう!」

『そうだね。じゃまた今度ね』



犬に挨拶をしている水樹くんに笑いながら、長閑な景色を歩く。

水樹くんは結構楽しいものや可愛いものを探すのが得意で、さっきの犬以外にも色々探して楽しんでいた。

動物病院のガラス窓に描かれたあまり似ていない猫の絵や、野良猫が通ったこと、白い花が道の割れ目に咲いていること。

わたしだったら通り過ぎてしまうことも水樹くんは見つけて、持ってきたらしいデジタルカメラで撮影していた。



「水樹くん楽しそう」

『え?』

「わたしが見逃しているのを素早く見つけて喜べるの、水樹くんか小学生ぐらいだよ」

『それ、褒めているのかけなしているのか、どっち?』

「褒めたつもりだよ、一応ね」

『一応って……あっ!』

「今度は何?」

『さっき言った茶色い野良猫、また見つけた!
でも体小さいから多分親子かな…』

「大きく育つと良いね、その猫」

『そうだね…。立派に育つんだぞー!』

「水樹くん恥ずかしくないの…?」

『恥ずかしくないよ。
だって僕、今ひとりじゃないし。
心ちゃんがいるから、色々なもの見られるんだよ』

「え?」



どういうこと?



『さっき心ちゃんは、自分が見逃しそうなことを僕が見つけて喜んでいるって言ったよね』

「うん」

『でも、僕だって本当は見逃していることばかりなんだよ。
前を通り過ぎる猫も下手な絵も道端の花も、全部見逃している。
だけど、心ちゃんがいると見逃さないでいられる』

「…わたしといると?」

『どうしてさっきからデジカメで写真撮っているかわかる?』

「ううん…」

『いつか僕たちが機械越しじゃなくて、面と向かって話せたときに見せたいんだ。
これが僕たちがまだ出会っていない時に見つけたものだよって。
僕たちが今繋がっていることを、形にして残したいんだ』

「……」

『完全に残すことは出来ない。
でも写真に撮ったり、見逃してしまうものを見つけたりすることで、存在を証明させたい』

「…綺麗」

『え?』

「男の人に対して言うのは変かもしれないけど、水樹くん凄く綺麗だよ」

『僕が?』

「うん。
わたしは形として残すなんて考えなかった。
いつも目に見えるものが当たり前だって考えて、見逃していることばかり。
いつもは見逃していたとしても、存在を証明させるために残そうとする水樹くんは綺麗だよ」

『じゃ、心ちゃんもやってみよう』

「え?」

『僕も、写真越しで良いから、心ちゃんの世界が観たい。
僕だけ観るのは、勿体ないから』

「うんっ」



わたしは自分のスマートフォンのカメラを起動させ、空の写真を撮った。

夕焼け空が綺麗だったあの日、わたしは水樹くんと出会った。

普段変わらず頭上にある空も、人々にとっては大事なもの。




『現像して、出会えた時見せ合いっこしようね』

「うん!楽しみにしているね」

『そうだ。
心ちゃん自身の写真も撮ってよ』

「え!?」

『制服姿でも良いんだけど、今日の写真を僕は観たい。
お出掛けで、きっとお洒落をしている心ちゃんの写真をね』

「…水樹くんも撮ってよね」

『勿論(もちろん)。
今日のために新しい服をバイト代で買ったんだから』

「え!?気合い入ってるね!」

『だって、お出掛けって言っているけど実際デートみたいなものだし』

「で、でででデート!?」

『あれ違った?僕はそのつもりだよ。
心ちゃんには片思いの相手がいるけど、付き合っていないんでしょ?』

「そうだけど…」

『1日限りで良いからデートさせて?』

「……特別ね」

『よし!じゃ行こうか!日が暮れちゃうよ!れっつごー!』

「み、水樹くんもしかして走ってる!?」

『走らないと置いて行くよー』

「ま、待てー!」



きっとわたしたちは傍から見れば変な人だ。

「待ってー」と目の前にいない人を追っているのだから。

でも、わたしたちは繋がっている。

ひとりじゃない。