「ねぇ、お父さん」

「水樹?今日は補習じゃなかったか?」

「聞きたいことがあるんだけど」



午後から出勤の父はソファーに座り新聞を広げていた。

僕は少し隙間を空け隣に座り、単刀直入に聞いた。



「まだ事故に合う前の僕のこと、徹底的に教えてほしい」

「何を……」

「知らなくちゃいけないんだ」

「…と、言ってもだがなぁ…」



父は新聞を閉じ、息を吐いた。



「覚えていないかもしれないが、俺はお前の母親が死ぬまで、ずっと家族より仕事第一の人間だったんだ。
家族を忘れたことはなかったが、優先順位は仕事の方が上だったんだ。
だからお前のことも全部、母さんに任せきりだった」

「…それ、僕は何か言っていた?」

「1度夜中に会った時、何も言わないで俺を睨みつけてきたのが最後だ。
それ以外、俺はお前のことを何も知らなかった」

「……」

「事故に合ったと聞いた時も、一命を取り止めたと聞いてすぐに仕事に向かったほどだ」



僕は父をどんな風に思っていたのだろう。

嫌いだった?尊敬していた?



「水樹、無理するな」

「……」



何か小さなことでも思い出したくて、こめかみの辺りをグリグリ指で押すと、止められた。



「俺が言うのも何だが、昔に囚われずこの先だけ見て行けば良いんじゃないか」

「でもそれじゃあっ……」

「無理してほしくないんだ」



どういう気持ちで言ったのかわからないけど。

僕は壁にかけられた時計を見て、「補習の時間だから行くね」と言って家を出た。