武田とか言う、彼女の父親の遣いが来たのはそんな梅雨が明け、2人で買い物に出ていた日だった。
男の姿を捉えただけで、彼女はさっきまでの柔かな表情を一変させ一気に青ざめた。
それなのに。
小刻みに震える手を握りしめて必死に耐え、気丈に対峙する強い彼女。
口を出すわけにもいかず、黙って聞いていた俺の耳にある単語が入ってきた。
『お見合い』
その単語は、心臓にざわりと嫌な音を立てさせる。
家を飛び出して来たという彼女の事情を俺はなにも知らない。
まして、お嬢様という自分とは育ってきた環境が違いすぎる彼女の家の事情なんて、一般庶民を絵に描いたような自分には想像もつかない。
すぐ目の前で震えている彼女を救い出すことも出来ない自分にひどい苛立ちを感じた。

