歩く間、少女は王子様の袖をつかんで話しかけます。
「長い間ここにいるの?」
王子様はまさか話しかけられるとは思わず、少し戸惑っています。
「おう。」
「どのくらい?」
「三年かな。」
「どうして?」
彼女は何故彼がここにいるのか、興味があるようでした。
でもそんなことは、とうの昔に消し去った王子様は覚えていません。
そっけなく返事をします。
「別に。」
「覚えてないの?」
「そんなところかな。」
人と話すのが苦手な王子様。
早く少女に対話を終えてもらいたくて仕方ないようです。
しかし願望は叶わず、少女は顔を輝かせました。
「私とおんなじだ!」
彼女は自分の名前さえも忘れている少女。
きっとどんなことでも忘れているのでしょう。
「気がついたらここにいたんだよ!恐くなって色々中を歩き回ったの。そしたら戻れなくなっちゃった!」
クスクスと笑う少女。
自分の置かれた境遇を笑い飛ばしています。
そんな時、王子様は少女がとても羨ましくなりました。
こんな風に忘れられたら、どんなに楽だろう。
嫌なことは全て忘れられる。
辛いことを感じずに生きる人生。
それが傷つき倒れた王子様の夢なのです。
「本当に覚えてないの?」
「うん、全く!」
「昨日のことでも?」
「そんな前のこと覚えてないよ。」
一日前でもそんなに前。
感覚のずれに対し、王子様は溜め息。
あ~あ、羨ましい。
すると後ろから、『コラ』という怒りの声が飛んできました。
王子様は落胆しています。
この声はこの病院の中で一番苦手な先生です。
コラ、と言われたのはもちろん自分。
しぶしぶ振り返るとその先生は腕を組んで、こちらを睨みつけていました。
「お前がこの子を連れ出したのか?」
「違いますよ先生。迷ったらしいので部屋を探すのを手伝ってるんです。」
そう王子様が言うと、先生は鼻を鳴らします。
「手伝う?お前が?ははははっ!
とうとう巻き込み事故を起こすって心配したよ。」
そして、少女に話しかけました。
「良いかい?ここは病院だよ。僕はお医者さんで、君は患者さん。君は病気を治すためにここに来ているんだよ、分かったね。」
「うん、わかった。」
少女が元気よく返事をし、先生は満足そうに笑いました。
そして気づかれないように、王子様に向かって軽蔑の目を向けました。
人を助けても見下される王子様。
悲しきながらも少女に可愛い笑顔で手を振られ、その傷は少しは癒されるのでした。
「ありがとう、また会おうね!」
そう少女に呼び掛けられ
人に感謝されたことのない王子様は、心が温かくなりました。
いくら変わり者とは言えど優しい天使のような少女。
この時だけは、王子様は自殺のことを忘れていました。



