驚いたのは僕の方で、慌てて病室に飛び込むと、男の手に飛びついた。

「やめてください!暴力はいけないです!」

必死だった。
男の形相が渡を確実に害すであろうことを語っていたからだ。

驚いた様子の男が、僕を見やる。
拘束が緩んだのかもしれない。渡が男の腕を振り払った。

険しい表情の渡は顔を伏せ、逃げるように早足で病室を出ていった。
僕の横を通り過ぎる時、ちらりとこちらを見たけれど何も言わなかった。

「この人殺し!クズ野郎が!」

男は廊下に飛び出してがなった。
振り返らない渡の背中に狂ったように罵声を浴びせる。

「今度ここへ薄汚い面を見せてみろ!その時は俺がおまえを殺してやる!」

僕は病室に侵入した格好で取り残されていた。
渡を追わなければ。慌てて廊下へ走り出ると、追いかけてきた男にいきなり肩をつかまれた。
おののいて自分より上にある男の顔を見上げる。

「きみは渡の友達か?」

僕はかすかに頷いた。
男の向こうにベッドが見える。綺麗な女の子は静かに静かに時を止めている。

僕を覗き込んだ男は、ほんの数秒前まで怒りをぶちまけていたとは思えないほど落ち着いていて、穏やかな調子で言った。

「悪いことは言わない。遠坂渡と付き合うのはやめなさい」

その様子は紳士的でいっそ友好的ですらあった。僕は大人の男に整然と言われたことに圧倒された。
何も言えずにいるうちに男は病室のドアをたてきった。僕はまた廊下に一人になる。

エレベーターでロビーに降りる。
階段や玄関、駅までの道を探したけれど、すでに渡はどこにもいなかった。