「なに、星も詳しいの?おまえ」

「人並程度しか知らないよ。ほら、あれがおとめ座のスピカ、その上がうしかい座のアルクトゥルス」

「いや、全然わからない。人並みの基準もわからない」

「北斗七星から探すとわかりやすいんだよ」

星は僕の母が好きだった。小さな頃から神話を読んでもらったり、星の見つけ方を習ったものだ。うちの田舎に行けば、もっと見えると言うと、渡はふうんと気のない返事をした。

「俺は、東京の空しか知らないな。この空よりもう少し星が少ない」

「渡の実家って東京なんだ。どこ?」

何の気なしに聞いたことで、渡の表情が曇ったのを僕はちゃんと見ていた。だから、まずいことを聞いたかと思いながら、じっと答えを待った。

「……練馬区」

「そうなんだ」

実家の話はやめとこうかな。渡の言葉の重たさにそう決める。それにしたって、ここから一時間少々で練馬区あたりにはいけるんじゃなかろうか。どうして渡はこの街でひとり暮らしをしているのだろう。

「なあ、恒」

渡が僕の名を呼んだ。

「どうして俺のこと構うの?」

「構うって……」

「大学に友達いっぱいいるんだろ?文学の話がしたいからって、見ず知らずの男に声かけるか?俺、おまえのそういうところが理解不能」

「見ず知らずじゃないじゃん。図書館で会ってるじゃん」

渡が呆れたようにため息をついた。
そういうことじゃないんだよ、なんて口の中で呟くのが聞こえる。