「あんなどろどろの沼に行きたくない」

「どろどろなのは一部だよ。それにどろどろの沼だからライギョがいるんじゃないか」

「そんなところに住むやつ、食えそうにないからいらない」

「昔は食用だったらしいよ」

「じゃあ、おまえ食うの?」

「いや、食べないね」

不忍池は蓮が群生している。時期的には花が見られそうなものだったけれど、僕たちの近くに蓮花はなかった。
遠く池の中央付近に二・三咲いていた花を、僕たちは夢でも見るように眺めた。

ぽちゃんと手前で音がする。
葉の上でねそべっていたアマガエルが一匹、濁った水の底を目指して潜って行った。

「深空が死んだら、俺は楽になるのかな」

渡が言った。
僕がはっとして横を見ると、渡は手摺りにもたれ顔を伏せていた。

「もう誰も、俺を罰しちゃくれない」

「渡はもう罰を受けてきたじゃないか」

僕は強く言った。いつまでも渡を罪にしばりつけておきたくない。
渡は腕をずらし、顔だけ僕に向けて答える。

「ちょこっと牢屋に入ったくらいで、俺が許されると思ってるのかよ」

皮肉気な笑みに僕は押し黙った。
この件について、当事者でない僕はことさら発言力が弱かった。僕では渡の苦痛のすべてを理解し得ない。