「!…すみませんでした!!」

女の子は、僕に気付くと深々と頭を下げて謝ってきた。

「いや、僕なら大丈夫。気にしないで。」

大方、ブレーキが利かなくなっただとか、なんらかの事故があったのだろう。
事故であって故意でないのなら、僕には彼女を責める理由はないし、それをする意味もない。
それに、僕は残念ながら初対面の女の子を叱り付けるようなことができない小心者だった。

「虹が、綺麗ですよね」

…え?
いきなり突拍子のないことを言い出した彼女に、僕は思わず素頓狂な声を上げてしまう。

「虹が、綺麗な半円形になってるじゃないですか」
「うん…そうだね…?」

いきなり何を言うんだろう、頭の上に無数のハテナマークを浮かべて、その女の子を見ると。
僕の反応は想定の範囲内だったらしい、にこり、笑いかけてくれる。

「虹のてっぺんまで行くことができたら、ね、どんな願い事でも叶うんですよ」
「へえ…」

説明されても尚、何の脈絡もなく変わった話題に、頭がついて行かない。

「ここから飛べばね、行けると思ったんです、本当にごめんなさい」
「ああ…」

そういう、ことか。
つまり、この子は故意にここから降ってきたことになるわけで、僕には怒る理由ができたのだけど、彼女の傷だらけの肢体が、僕の口を噤ませる。
大きい傷、小さい傷。
古い傷に新しい傷。
きっと彼女は何度も何度も、虹が出るたびに、虹色の自転車で空に挑んだのだ。
何度怪我しても、痛くても、願い事を叶えるために。

「それじゃ、えと…本当にすみませんでした…」

そう言って、ボロボロの虹色を押しながら、行ってしまった。
彼女は、自分ができる唯一のことを信じて、これからも虹のてっぺんを目指すのだろう。
彼女がそこまでして叶えたい願い事が何か、なんて僕は知らない。

ただ、痛む足首に何か大切なことをひとつ、教えてもらった気がして。
僕は遠くなっていく歪んだ虹色に、静かにエールを送るのだった