料理が好きな伶香は、キッチンに立つと少し頬を赤くした。


手際よく卵をかき混ぜる音が響いてくる。


「いいね、伶香は」


あたしはネギを刻みながらそう言った。


「なにが?」


「こんな時にでも、好きな事ができて」


妬みや僻みではなかった。


素直に羨ましいと感じたのだ。


伶香はきっと、料理をしている間だけは現実から離れる事ができるんだ。


「あたしは、郁美の方が心配」


小声になり、伶香は言った。


あたしは気づかれないように郁美を見た。


郁美はテーブルの上に突っ伏してしまっている。


あたしと伶香には健と弘明がいる。


それだけで随分と心が救われていることは確かだった。


だけど、郁美にそんな存在はいない。


健の事が好きだとは聞いたけれど、その思いが届く事もない。


郁美は、きっと孤独なんだろう。


理解していても、郁美に健を譲るつもりはなかった。


「郁美のためにもとびきりおいしいお雑炊を作ろう」


今のあたしには、そのくらいの事しかできなかったのだった。