私の足は目的地に行き着くまで、どこに向かっているのか分からなかった。


ただ、彼の迎えに来ない家にいるのが、もう嫌になったのだ。

ただ、彼のいない世界にいるのが、もう嫌になったのだ。

ただ、もう生きたくないと思ったのだ。



真っ暗で何もない世界に、優しい光を灯してくれたのは彼だった。

何の面白みもない殺風景な世界に、色を付けてくれたのは彼だった。


彼は私に知らない世界を、たくさん教えてくれた。

小さくて狭かった世界から、私を連れ出してくれた。


私は彼なしでは生きていけない。

彼が私の進む道を先に歩いて照らしてくれないと、私は怖くて歩けない。



気付くと、そこは家の最寄り駅だった。

ここが私の最後の場所になるんだ、と思った。

彼に会えるなら、彼と同じところへ行けるなら、死ぬなんて簡単なことだった。



人間不思議なもので、無意識に家を出てきても財布を持っていた。携帯もだ。


私は財布に入れた電車の定期券を取り出し、改札を通ろうとした。


通勤に電車を使うため、持っているのだ。




が、改札を通る直前で、やけにアナウンスがうるさいことに気付いた。

特急が止まるほど大きな駅ではないので、日ごろさほどうるさくなかった。

せいぜい、電車がもうすぐ発車するというアナウンスが入るぐらいだった。



アナウンスに耳を澄ますと、早口な駅員のアナウンスが聞こえてきた。




――只今、人身事故の影響により、列車の運転を見合わせております。まだ、運転再開の目処はたっておりません。お急ぎのお客様には大変ご迷惑をお掛けしております。只今、じんし――





電車が止まっているのだ。

しかも、人身事故で。


私のように、この世界に興味がなくなった人が、命を絶ったのかもしれない。



確かに、改札の前はいつもより多くの人が待っていた。


ほとんどの人が迷惑そうな顔をして、携帯をいじったり、景色を眺めたりしていた。

みんな、電車に乗れなくて迷惑そうだった。



そんな中、荷物を持っていない私は明らかに浮いていた。

この浮き方は、いつか体験したような気がした。


彼に出逢う前――世界に置いていかれて孤立した私の時間を、正常に戻してくれる前。