彼の夢は、歌手になることだった。

それも、シンガーソングライターだ。

出会った頃にはもう路上ライブをしたり、ライブハウスを自分でブッキングして歌ったりしていた。



彼に連れられて行ったライブハウスで、彼の歌を初めて聴いたときには驚いた。

汚いものが何一つない少年のようなストレートな歌詞とメロディー。

歌手によく使う『爽やか』とはまた違う、いい意味での『幼さ』と『初々しさ』があった。


また声域が広く、高音は透き通るようなのに、中低音くらいの声は、すぐそばで歌ってくれているような優しさと温もりを持っていた。



聴いた瞬間、一目惚れした。

いや、一目惚れという表現は正しくない。


実際には『一耳惚れ』だ。


デビューしてないことが不思議だった。


昔から、男の心は胃袋で掴めというが、私は彼に耳を掴まれた。

そんな感覚だった。



彼にはもうすでに、ある程度のファンが付いていた。

見た目のよさもあったのかもしれないが、彼の音楽に惚れた人は少なからずいただろう。


私はライブというものに行ったことが無かったので、どうしていいか分からなかった。

そこで、オールスタンディングのライブハウスという特徴を生かして、後ろの方に立って、全体を見渡しながら、彼を見ていた。


見ているだけで、歌うのが好きなのが分かった。

会って間もないとはいえ、あんな笑顔は見たことがなかった。


ものすごく大切なものに触れた感じがした。


ずっと見ていたいと思えるくらいに、好感が持てた。