ふたりだけのアクアリウム



「呑気だって、呑気!の、ん、き!!そんなワケないじゃん!ねぇ!?こっちだってそれなりにストレス抱えながら仕事してるわよ!イスに座ってパソコン見てるだけじゃないんだっつーの!あの男、事務員をなんだと思ってんのよ!」


……分かっちゃいたけど、飲みの席での話題はほぼほぼ綱本係長のことで。
お酒に酔いやすい茅子さんが愚痴るのは目に見えてたことなんだけれども。
延々と同じような話を繰り返すものだから、私の方もあくびを噛み殺すのにひと苦労した。


酔っ払いの彼女は日本酒をグビッと飲んで、テレビドラマのオヤジ風に乱暴にテーブルにグラスを叩き置く。
こっちはグラスが割れないかヒヤヒヤである。


「あンの係長、私たちのこと『君』ってことごとく呼ぶじゃない?あれ絶対に名前覚えてないのよ!たかが事務員だとか思ってて、名前なんて覚える必要無いって決めつけてんのよ!」

「……そ、そういえば名前で呼んでもらったこと、一度もないかもしれないですね」

「大丈夫。私もだから」


束の間の静寂が訪れ、耐え切れずに右手に持っていたカクテルを口に運ぶ。
ついでに軟骨の唐揚げも食べた。

コリコリと口の中で歯ごたえのある軟骨が踊る。
昼間に食べたチョコレートと対極にあるような食感に、不思議な心地がした。


「今日はいっちゃんの話を聞く予定だったのにごめん!ヤツのせいで本題に移れなかったわね」


かたじけない、と突然武士のように深々と頭を下げる茅子さんは、どうやら相当酔っている模様。
果たして彼女はきちんと帰路につけるのかどうか、不安になってきた。


「私の話なんて面白くもなんともないですよ」

「なぁに?ケンカ中?ここんとこしばらく元気無いもんね。いや、元気だけどちょっと空回ってるような感じ」

「あれ、そうですか?」


すっとぼけてみたものの、やっぱりうまく隠し切れてないんだなぁと落胆する。
嘘もつけない、簡単な演技も出来ない、つまらない女……なのかも。


「いいのよ?全部話してラクになっちゃいなよ」


何故かテーブルの上で手を握ってきた茅子さんは、目が潤んでいる。
これだけ酔っている人にどう話せばいいのやら。


「ねぇ、いっちゃん。お付き合いしてるいい人とは結婚出来そうなの?」


━━━━━結婚どころか、それ以前の問題。


「いい人なんて、最初からいなかったんです」


━━━━━これが、私の正解。