ふたりだけのアクアリウム



アパートの前に車を停めて、次々に荷物を運び出していく。


あれ、こんなの買ったっけっていうようなとても重そうなポリタンクを持っている沖田さんに「それなんですか?」と尋ねると、


「これは水槽用の水だよ。水道水で熱帯魚は飼えないんだよ。バクテリアが無いとね。1から作るの面倒だから、店長に水槽用の水を分けてもらったの」


と、答えた。
予備知識ゼロだと、なにもかも分からないことだらけで申し訳ない。
バクテリアとかそういう言葉も、ちっとも理解出来ないのだ。


「沖田さんがいないと、私はなんにも分からないです……」

「初心者はみんな最初はそうだよ。僕だって最初は何も分からなかったもの」


トントントン、と階段をのぼりながら荷物を運ぶ。
新しくはないけど、ボロくもないアパート。
ここに住んで3年くらいになる。


部屋の前に立って鍵を開ける前に、チラリと待っている沖田さんを見てみた。
彼は午後のほんのり暖かい日差しに目を細めていて、私の手元に視線を落としている。
秋の涼しい風で彼の柔らかそうな髪の毛がふわふわと揺れていた。

会社の時よりも、無造作な髪型。
やっぱり肌も綺麗。

ちょっと触ってみたくなる。


あまり見てると不審がられるので、ドアを開けて「どうぞ」と促した。


「女の子の部屋に入るのは緊張するな」

「狭いので寛げないと思いますけど……」

「そんなことないよ」


本当に狭い玄関をどうにかくぐり抜け、私たちはやや苦労しながら荷物をリビングへ運ぶ。

狭い玄関、狭いキッチン、狭いリビング。
一度だけ行ったことのある沖田さんの部屋と比べたら、あまりにも広さが違う。

そういえば、最近だんだん思い出すことも減ってきたヒロによく言われていた。
「こんな狭い部屋、早く引っ越しちゃえよ」って。


だけどひとりで暮らすには不便のない部屋だったし、収納に困るほど服にお金をかけてるわけでもなく。
まぁ、贅沢と言ったら少しお高めの化粧品やスキンケア用品を使っているくらいだ。