ふたりだけのアクアリウム



綱本係長に契約を取られている話は、あれ以来私たちが話すことは無かった。

私から切り出していいものかどうかも分からなかったし、沖田さんが前に言っていた言葉が印象に残っている。


『話したくないかもしれないし、嫌なことなら思い出させたくないし、悲しい思いはしてほしくない』


それなら、沖田さんも仕事の話はあまりしたくないとしたら言わない方がいいんじゃないかって。

せっかくふたりで出かけるのだから、気分は下げたくない。


「車の中、暑かったり寒かったりしたらすぐに遠慮なく言ってね」


そう言って微笑む沖田さんに、私は「ありがとうございます」と笑った。


ほらね、こんなに優しい。
いつも相手のことを考えてくれてる。
自分のことは後回し。


冬がもうすぐそこまでやって来ているから、外は肌寒い。
だけど、この車の中はとても暖かかった。
暑いんじゃなくて、ほんのり暖かくてちょうどいい。


静かな車内でポツポツ会話を交わしたものの、あまりの居心地の良さにウトウトしてしまい、結局目的地に着くまで私は窓ガラスに頭をガンガンぶつけながら眠りこけてしまった。




「……きさん、佐伯さん」


ぼんやりとした夢の中で、誰かが私を呼んでいる声がどこからか聞こえてきた。
それはだんだん鮮明になっていって、ハッキリ聞こえた時には呼び名が変わっていた。


「逸美ちゃん」

「━━━━━あ!はいっ!!」


飛び起きたら沖田さんが私の顔をのぞき込んでいて、それだけで軽くパニックになった。


「うわっ!ね、寝ちゃった!!イビキかいてなかったですか!?」

「ギリギリ大丈夫。それよりも……」

「ギ、ギリギリ?それよりも?」


ギリギリってどういうこと?
歯ぎしりしたり寝言を言ってたとか?

穴があったら入りたいと縮こまっていたら、沖田さんが細くて長い人差し指を自分の唇の横に置いて、トントンした。


「ヨダレ。ついてる」

「ひぃぃぃぃっ」


汚くなってもいいや!とヤケクソで服の袖で口をゴシゴシ拭いた。
塗ったばかりのグロスが少しついて、私のテンションはダダ下がりだ。


「お店に着いたから車降りるね。外で待ってるから、ヨダレ拭いておいで」


笑いをこらえているのが丸分かりの沖田さんの顔が、とても楽しげだった。
コクコクうなずきながら、心の中で「楽しいですか?」と問いかけた。


私たちの関係って、なんだろう。

知り合い?
会社の同僚?
友達?


誰かに聞かれたら、沖田さんはなんて答えるのだろう。