「そんなの山口が言う権利ない」


頭で考えるよりも先に、勝手に口が動いてしまった。


「沖田さんのこと何も知らないくせに。好き勝手言わないでよっ」

「あ、佐伯!」


山口が呼び止めようとするのを無視し、私は駆け足で事務所へ飛び込んだ。
さすがに気分を損ねたというのは分かったのか、彼もそれ以上追いかけてくることは無かった。


自分のデスクにたどり着いた時に、違うか、と気がついた。


沖田さんのことを何も知らないのは、私も同じ。
ただ単に彼の趣味が水草水槽ということだけは知ってるけど、だけど、それだけ。

例えばどんな食べ物が好きなのかとか、通勤する車の中で何を聴きながら通ってるのかとか、そういう他愛のないことは知らない。


窓ぎわのデスクから見える営業部のスペースには、朝早いっていうのにすでに沖田さんがいて。
パソコンを使ってなにやら仕事をしていた。
いつもの涼しい顔で。

きっと、綱本係長に何かイヤミとかを言われたって動じない。

昨日言ってたもんな、耐性があるって。
我慢強いってことなんだ。


でも、報われない仕事を頑張って、いったい何になると言うんだろう?

色々な人に頭を下げて、商品の売り込みをして気に入ってもらって。そして契約に至ったとして。

結局、その中から選りすぐりのものを係長に持っていかれちゃうんだから。


どうして、悔しくないの。

どうしてそんなに、ことなかれ主義なの。


沖田さんを見ていたら、昨夜も感じたムカムカをまたしても感じてしまった。