ふたりだけのアクアリウム



もうすぐ私のアパートに着く。

だけど、この車に乗る前と今とでは確実に私の心身にはちょっとした変化が起きていた。


助手席に座る私、運転する彼。

少しだけ、右肩が熱い。

それが何の熱なのか、ハッキリとしたことはまだ分からなくて。
左手で右肩をさする。
沖田さんの低い声が呼んでくれた「逸美ちゃん」が、不思議なくらい嬉しかった。


「ポン太はまだ健在なの?」


やたらとポン太に食いついてくる彼の質問に、ほんのちょっと笑いが込み上げてきた。
もしかして彼も犬を飼ってたのかな。


「もう死んじゃいました。私が大学生の頃に」

「そっか。……落ち込んだ?」

「たぶん、27年間生きてきて一番泣きました」


小学校低学年の時に家にやってきたポン太は、私の弟みたいな存在で。
大きな体をグデンと転がしていつもリビングに寝そべっていた姿が、ある日突然いなくなってしまうなんて想像もしていなかった。

さすがにもう今は吹っ切れたけど、あの当時は大学の授業もバイトも休んだんだっけ。


「大型犬って体が大きいぶん、いなくなると虚無感が凄まじいんですよね」

「僕は犬を飼ったことはないけど、家族の一員って聞くもんね」

「そう思うと失恋なんて大したことないのかもなぁ……」


するすると勝手に口にしてしまった「失恋」というワード。
あ、と我に返って横目で沖田さんを見ると、ちょうど信号待ちでこちらを見ていた。

目が合ったので、迷わずそらした。


「ポン太はバニラアイスが大好物だったんですよ。私のを奪っちゃうくらい」


私の恋愛事情は一切話してないのにどこか見透かされてるような気がして、慌ててポン太の好物話を入れ込む。


そうしているうちに車は再び動き出し、やがて私のアパートへと到着した。